OTHER 2024.11.13

歴史や伝統を知って魅力を再発見!
日本遺産をめぐる6つの離島トリップ

地域の歴史や特色を通じて、日本の文化と伝統を伝える「日本遺産」。2024年6月現在、認定された104つのストーリーのうち6つが島に関連しています。歴史の変遷や背景を紐解きながら、現在の島から学ぶ旅。今回は日本遺産の視点から、島旅の魅力や楽しみ方をご紹介します。

土庄 雄平
(トラベルライター)
商社・メーカー・IT企業と営業職で渡り歩きながら、複業トラベルライターとして活動する。メインテーマは山と自転車。旅の原点となった小豆島、転職のきっかけをくれた久米島など、人生の岐路にはいつも離島との出会いがある。
海の民の足跡と繁栄を辿れる。神話の島「淡路島」

関西を代表するリゾート地、淡路島。しかし、この島が日本の形成において重要な役割を果たしていたことをご存知でしょうか?日本最古の歴史書『古事記』の冒頭に登場する国生み神話では、最初に誕生した特別な島として淡路島が記されています。考古資料を通じて、淡路島の影響力を示す歴史を紐解くことができます。

注目すべきは、海の民の活動です。淡路島の海岸沿いでは紀元前に製作された銅鐸や銅剣が多数発見されています。また、紀元前後の時期には、政治の中心であった畿内に先駆けて鉄器文化が受容されていたことが分かっています。大陸から先進技術をいち早く持ち込んだ海の民の存在が浮かび上がります。

海人の歴史と伝統にふれ、海のおもてなしを楽しむ「答志島」

素潜りでアワビやサザエ、海藻を採る海女(あま)さん。全国にいる海女さんの約半数が鳥羽・志摩のエリアに集まっていると言われています。かつては男女を問わず、海人(あま)として漁を通じて生計を立てていた人々が存在しました。志摩国(現在の鳥羽・志摩)も、先ほどの淡路島と同じく、天皇の食膳を担当する御食国の役割を持っていました。古来から続く海人の軌跡を感じられる稀有な場所です。

その中でもぜひ訪れて欲しいのが、伊勢湾に浮かぶ答志島です。海人ならではの信仰や文化が今でも島の至る所に息づいています。特に注目したいのは、各家々に描かれている「まるはち」。これは大漁を祈願する島の風習で、年に一度開催される島の伝統行事「八幡祭り」で、海苔と紙を混ぜて作られた墨の塊を奪い合って描かれます。

そんな答志島を訪れた際の大きな楽しみの一つは、お宿でいただく海鮮料理です。答志島には、リーズナブルでありながら贅沢かつボリューミーな料理を提供するお宿が多くあります。筆者のおすすめは「山幸園」さんです。伊勢海老や鯛、ホタテの舟盛りやアワビの踊り焼きなど、圧倒的な満足度を誇る内容が、一人あたり1万円ほどで楽しめるのは驚きです。

遣唐使の足跡とキリシタンたちの歩みを感じる「五島列島」

日本には数多くの島々がありますが、中でも壱岐、対馬、五島列島は、国防の要所でありながら大陸との交流の拠点としても重要な役割を果たしてきました。壱岐島には、大規模な集落遺跡や古墳群があり、元寇の歴史が色濃く残っています。対馬は中継貿易や大陸の迎賓地として栄え、海の道の要衝としての役割を果たしました。五島列島は遣唐使の航路として利用され、隠れキリシタンの避難地ともなった個性豊かな歴史を有しています。

筆者が特に注目したいのは五島列島です。白村江の戦い以後、新羅との関係が悪化し、遣唐使は五島列島を経由して唐を目指す危険な航路を選ばざるを得なくなりました。五島列島の三井楽半島は西の最果てというイメージが定着し、異国との境界に位置する島、あるいは死者に逢える西方浄土の島として広く歌枕に詠まれました。

また、日本遺産ではあまり取り上げられていませんが、五島列島は潜伏キリシタンの聖地としても重要です。長崎本土での迫害を逃れて五島に移り住んだ潜伏キリシタンたちが、独自の文化景観を築き上げました。これが現在、世界遺産に登録されている「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の教会堂と結びついています。一度訪れてみれば、穏やかな時間と人々の温かさを感じられる、まさに楽園のような五島列島の雰囲気を味わうことができますよ。

軍事勢力にして水先案内人。村上水軍の本拠地「芸予諸島」

海賊と聞くと船を襲って金品を奪うイメージがありますが、日本の中世においては、海の安全を守る重要な役割を担っていました。村上水軍とも呼ばれる村上海賊は、軍事的にも大きな勢力であり、その歴史を今でも芸予諸島(広島県・愛媛県)で追うことができます。

村上海賊は因島、能島、来島の三家に分かれており、それぞれで歴史を感じることができます。特に「能島(国指定史跡)」には、能島村上家の居城跡である能島城があります。激しい潮流に囲まれたこの島は、天然の要塞として知られており、現在も船かくしや係船(船を繋ぎ止めること)に使われたとされる柱穴が多数残っています。

因島には因島水軍城があり、大島には今治市村上海賊ミュージアムがあります。これらのミュージアムでは、村上海賊の活動や彼らが築いた城、水軍船の模型、当時使用された武器や船具が展示されています。特に今治市村上海賊ミュージアムで楽しめる、村上海賊 戦国時代 体験VRは、戦国時代の臨場感あふれる世界を体験できると評判です。

市街地でも琉球の歴史と食文化を満喫できる「沖縄」

沖縄は、琉球王国時代の歴史が今なお色濃く残る地であり、琉球料理や泡盛、伝統芸能などの独自の文化が息づく場所として日本遺産に認定されています。市街地からほど近いグスクや賑わう沖縄料理店を訪れるだけで、琉球の豊かな歴史と温かなおもてなしを感じることができますよ。

中でもおすすめのスポットは、琉球王国初期の王都だった「浦添城跡(うらぞえじょうあと)」です。現在は浦添大公園として整備されていますが、13世紀から15世紀にかけて約200年間、首里城に王宮が移される前の琉球国中山の居城として栄えました。その繁栄の名残は、一部復元された城壁や琉球王国の陵墓・浦添ようどれから伺うことができます。ゆいレールで簡単にアクセスできる市街地でも、琉球の歴史を感じる旅が楽しめる点が沖縄の隠れた魅力です。

そして、沖縄料理店で筆者のイチオシは、那覇の中心部・久茂地(くもじ)に位置する島人酒場「もぅあしびー」です。ラフテーやゴーヤーチャンプルーといった定番料理から、沖縄天ぷらや沖縄そばを使ったナポリタンまで、豊富なメニューが揃っています。気さくな店長との会話を楽しみながら、美味しい料理に舌鼓を打つ時間は格別です。このお店の魅力は、なんといっても沖縄県内にある48の泡盛醸造所すべての泡盛を取り揃えている点で、その銘柄数は100種以上。美味しい沖縄料理に合わせて、多彩な泡盛も堪能できますよ。

島の繁栄と信仰にもかかわった石の歴史を辿る「小豆島」

ややディープな観点になりますが、瀬戸内の離島が石材の供給に重要な役割を果たしていたことをご存知でしょうか?実は、近世の城郭である大阪城や、日本の近代化を象徴する日本銀行本店本館などには、瀬戸内の離島から運ばれた花崗岩が使用されています。特に、小豆島は石の産地として中心的な役割を果たしていました。

小豆島の北東部にある「天狗岩丁場」には、大阪城の改修のために切り出されたものの、使用されなかった石材が今でも残っています。石を切り出す際にできる矢穴の痕跡があり、それが石材であることがすぐに分かります。現在でも矢穴がある切り出し途中の石材が点在しており、ミステリアスな雰囲気を醸し出しています。

もう一つ興味深い場所として、小豆島西部にある「重ね岩」があります。豊かさをもたらす山の巨石は信仰に結びつき、大きな巨石が奇跡的に重なった岩は、神宿る巨石として祈りの対象になりました。そんな石への思いは現代でも結実し、島のいたるところには石の絵手紙と呼ばれるアート作品も点在しています。これを読むと、温かみのある石を通じて、小豆島を想う人々の心に触れることができます。小豆島を訪れて、石にまつわる旅を楽しむのも一興ですよ。

学びが多く個性豊かな島の日本遺産をめぐろう

「日本遺産」は、地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを認定するものです。日本遺産に認定された離島の歴史や文化を探ると、日本の形成から国防、国際交流、経済の流通に至るまで、離島が大きな役割を果たしてきたことが分かります。

離島を訪れる醍醐味といえば、穏やかな風景や自然を感じ、人々の温かさに触れ、美味しい料理を楽しむことです。しかし、少しアカデミックな視点で旅をしてみることで、離島の新たな魅力を発見できるかもしれません。ぜひ、ディープな視点で島々を巡り、その豊かな歴史と文化に触れてみてください。