ウサギと出会う島に秘められた歴史。瀬戸内・大久野島を訪れる日帰りトリップ
風光明媚な自然に包まれ、ゆったりとした時間が流れる瀬戸内の離島の中で、ひときわ独特な雰囲気を持つ島があります。それが「大久野島(おおくのしま)」です。かつて戦争の遺構が残るこの島は、現在ではウサギたちの楽園として知られています。今回は、自転車に乗って訪れた筆者が、そんな大久野島の見どころを簡単にご紹介します。
「大久野島」は、広島県竹原市の港町・忠海(ただのうみ)と、しまなみ海道に位置する大三島(おおみしま)の間に浮かぶ小さな島です。忠海港と大三島・盛港(さかりこう)いずれからもフェリーが運航しており、アクセスに便利です。新幹線を利用するなら、三原で在来線に乗り換えて、忠海港へアクセスできます。また、自転車ならしまなみ海道を経由して、アイランドホッピングを楽しみながら訪れることも可能です。どちらの港からもフェリーで約15分と短い船旅ですが、その間、瀬戸内海の穏やかな風景を楽しむことができ、旅情を感じられますよ。島に到着すると、向こうに浮かぶ高根島(こうねしま)を望む絶景が待っています。
大久野島を訪れる醍醐味と言えるのが、やはりウサギたちです。この小さな島には、500〜600羽もの野生のウサギが暮らしていて、その可愛らしい姿を見に、多くの観光客が国内外から訪れます。島内を歩くと、あちこちでウサギたちが出迎えてくれます。食事に夢中なウサギや、元気に駆け回るウサギ、うとうと眠そうにしているウサギなど、彼らの仕草や表情はとても豊かで、飽きることがありません。ウサギは、休暇村大久野島や港付近など、島の東から南のエリアにかけて多く出会うことができます。
大久野島を訪れる際は、キャベツやニンジン、またはウサギ専用のペレット(固形の餌)を持参することをおすすめします。餌を持っていると、すぐにウサギたちに囲まれることでしょう。まさにウサギの楽園そのものです。ウサギたちが餌をねだる姿や、一生懸命に食べている様子は非常に可愛らしく、心が癒されること間違いなし。ただし、近年、ウサギが残した餌が腐敗する問題も指摘されているので、自分で持参した餌はきちんと持ち帰るようにしましょう。
港から島の裏手に進むと、この島の過去を垣間見ることができます。それは軍事施設という歴史の側面です。実は、この「大久野島」は明治時代から日本陸軍の要塞として利用されており、毒ガス製造工場が設けられ、軍の最重要機密として地図から消されたことが分かっています。それを伝えるように、島には至るところに今でも毒ガス関連施設が残っており、北部沿岸にある「長浦毒ガス貯蔵庫跡」もその代表的なスポットです。この巨大な貯蔵庫には、人体に悪影響を及ぼすマスタードガス(イペリット)を含む数種類の毒ガスが大量に保管されていました。無機質で朽ちたその外観は、島の闇ともいうべき歴史を物語っています。
また島の北東部には、かつて毒ガス製造を支えていた「発電所」が今でも残っています。稼働時には8機のディーゼル発電機が設置され、島の電力をすべて供給していたこの巨大施設は、そのスケールの大きさで訪れる人を圧倒します。さらに、この発電所は太平洋戦争中に日本軍が開発・実戦投入した無差別爆撃兵器・風船爆弾の製造にも関わっていたことが分かっています。このように、この島には忘れてはならない悲惨な過去を伝える戦争遺構が数多く残されているのです。
しかしながら、現在の大久野島=ウサギ島として知られるようになった背景には、この島の負の歴史が偶然にも関与しています。実は、島でウサギが繁殖したきっかけは、竹原市のある小学校で飼いきれなくなったウサギ8羽が放たれ、野生化したことでした。そのウサギが島で繁殖できたのは、この島が完全に軍事要塞化されていたため、つまり他の生き物が全くいなかったからだと言われています。つまり、この島の暗い歴史が、間接的に現代の「ウサギ島」を作り出したのです。これは何とも皮肉な因果関係ではないでしょうか。
しかし一方で、ウサギたちを目当てにこの島を訪れることで、この地に刻まれた悲惨な歴史に触れるきっかけを得られるのです。かつて地図から消された、毒ガス兵器製造拠点であった大久野島は、今や観光地として注目を集める場所へと変貌しました。春になると、島の随所で咲くツツジや桜が、無機質な軍事遺構に彩りを添え、その穏やかな風景は島の過去と今を緩やかに結びつける象徴となっているように感じられます。
今回ご紹介した大久野島のように、日本には戦争遺跡が残る島が多く存在します。例えば、国境の島・壱岐島には、元寇の襲来を今に伝える「文永の役 新城古戦場跡」や、東洋一と称された巨大な「黒崎砲台跡」があります。また、和歌山県の「友ヶ島」や神奈川県の「猿島」など、本土周辺の小さな無人島にも砲台が築かれ、軍事拠点として利用された場所が数多く点在しています。それらの戦争遺構を巡ってみることは、日本の歩んできた歴史に迫る新たな旅の楽しみ方(ダークツーリズム)として提唱されています。国際的に緊張が高まっている昨今、筆者と同じく戦争が直接関係のなかった世代でも、あらためて戦争の過去や、その悲惨さを振り返り、自分事と自覚して暮らすことが大切かもしれませんね。