食と宿と太鼓の島時間を味わう旅「八丈島」
僕はこれまで日本の島々を数多く旅してきましたが、なかでも一番通っているのは伊豆諸島の南に位置する八丈島です。15回ほど足を運んだ今でも、この島には新しい発見があります。通い続けてきた島だからこそ、2025(令和7)年10月の台風被害には本当に心が痛み、一日も早い復興を願わずにはいられません。今回は、その被害の前に訪れた、穏やかな八丈島の旅を振り返ります。
(※一部土砂崩れなどの復旧現場は立ち入りが制限されていますが、2026(令和8)年5月現在は多くの観光施設や宿泊施設が通常通り受け入れを再開しています。訪問前には、各施設や交通機関の最新情報をご確認ください。)
八丈島へは羽田からの飛行機を使うことが多いのですが、この時は満席。久しぶりに夜発のフェリー「橘丸」で島へ向かいました。仕事を切り上げ、ザックを担いで向かったのは、巨大なマストのモニュメントが立つ竹芝桟橋です。
八丈島行きの乗船券には珍しく「天候状況により運航できない場合がある」という「条件付き」のスタンプが押されていました。こうした「条件付き運航」は、途中で寄港する御蔵島航路ではよく見られるものですが、風が強くなる予報で少し緊張が走ります。22時30分、橘丸は定刻通りに出航。デッキからライトアップされたレインボーブリッジを見上げると、久しぶりの船旅に静かな興奮が込み上げてきました。やっぱり、船はいい。東京の夜景が遠ざかる頃には、船が揺れ始めました。こんな時はさっさと寝るに限ります。
翌朝、船内放送の音で目を覚ますと、三宅島に寄港するところでした。窓の外はまだ日が昇る前の4時50分。この次に到着する予定だった御蔵島は桟橋が小さく、波が高い日は船が接岸できません。この日は寄港せず通過する「抜港(ばっこう)」となりました。まだ八丈島までは4時間くらいあります。再び眠り、次に目が覚めると、窓の外には見渡す限りの深い青色が広がっていました。午前9時、橘丸は無事に八丈島の玄関口である底土港へと接岸しました。
タラップを降りて真っ先に目に飛び込んできたのは、島の郷土芸能「八丈太鼓」を叩く島人の姿。この珍しい両面打ちの太鼓の音で、一気に「八丈島に来た」という実感が湧いてきました。島独特の湿り気を帯びた暖かい風が、さらに島にいることを感じさせます。
今回の拠点は、底土港のある三根地区の一棟貸し宿「わげえ」さん。僕の同人誌をきっかけにご縁ができた宿で、今回初めて泊まりに来ました。
開放的なリビングのソファに座ると、窓から木々と空が広がり、ゆったりとした気持ちになります。外のデッキに上がると、島を代表する農産物「フェニックス・ロベレニー(通称ロベ)」の畑の向こうに、三原山が望めました。とても落ち着く空間で、まるでずっと前からここで暮らしていたかのような錯覚に陥ります。まさに八丈島の言葉で「わげえ(我が家)」です。
でもこの宿の本当の魅力は、オーナーご夫妻の人柄です。この時は初めましてでしたが、「親戚の家に帰ってきたと思って、ゆっくりしてくださいね」と色々気さくに接してくださり、今では本当に第二の我が家のように感じています。
宿に荷物を置いて向かったのは、今回の旅のメインイベント「島寿司作り体験」です。島の友人が体験会を主催しており、ちょうど島に来るタイミングで誘ってもらいました。「えっ、自分でも作れるの?」と驚きつつ、参加させてもらいました。島寿司は醤油漬けのネタと、ワサビの代わりにカラシを使うのが特徴の八丈島の郷土料理。この日教えてもらったのは、酢飯がだいぶ甘めで、ヅケのタレは醤油のみというシンプルなレシピ。島近海で獲れた新鮮なメダイが醤油に漬かって飴色になったのを見ていると、それだけで食欲をそそります。
講師役の友人に「シャリはあまり握りすぎず、指先でふんわりと空気を含ませるのがコツですよ」と教わりながら、不慣れな手つきでシャリを皿の上に形作っていきます。そこにカラシをつけ、最後にネタをのせて、完成! 自分で握った島寿司を、揚げたての明日葉の天ぷらと共にいただくランチは格別でした。カラシの刺激が魚とシャリの甘みを引き立て、箸が止まりません。いつもお店で食べていた味が自分でも作れるなんて。島をより身近に感じた瞬間でした。
午後はレンタカーを走らせて島内を巡ります。八丈富士の中腹から海に浮かぶ八丈小島を眺め、島の北西にある「ゆーゆー牧場」へ。島では八丈島乳業株式会社がジャージー牛を育てており、その牛乳を使ったチーズやヨーグルト、ジェラートなど、美味しいものがたくさん作られています。あらかじめ見学のお願いをして、そのジャージー牛の姿を見せていただきました。ここではジャージー牛たちが、牛舎のない自然の中で、のんびりと草を食んでいました。
その後は、その牛乳を使ったメニューが食べられる「八丈島ジャージーカフェ」へ。「八丈島ジャージープリン」や「明日葉白玉あずきパフェ」を注文。プリンはとろとろの食感と優しい甘みが絶品。明日葉の苦みがいいアクセントのパフェもあっという間に食べきってしまいました。季節ごとに新しいメニューがあり、つい立ち寄ってしまうお店です。
夕方、宿に戻る前に底土港の待合所に足を運びました。この日は朝から毎年恒例となっている「24時間チャレンジ八丈太鼓」が開催中。文字通り、24時間、たくさんの人が交代で八丈太鼓を叩き続けるという島らしい熱気あふれるイベント。待合所に入るとすぐに太鼓のリズムが響いてきました。2階の会場に上がると、多くの人で賑わっていました。
このチャレンジ八丈太鼓は誰でも参加することができるのですが、思いのほかギャラリーが多くて僕は眺めているだけにしました。八丈太鼓は簡単に説明すると、片側でリズムを刻み、もう片方が即興で音を重ねていく、両面打ちの珍しい太鼓です。相方のリズムに合わせて即興で叩くのは、見ているだけで意外性があり面白いものです。そして、即興の掛け合いがぴたりとはまる瞬間には、思わず惚れ惚れしてしまいます。ちなみに、会場に着いた時に太鼓を叩いていたのは、青ヶ島で郷土芸能「還住太鼓」を主催する知人。「今日は宿に泊まらず、夜通し叩きますよ」とのことで、このために八丈島にやってきたのだそう。その姿がまた格好いい。
夜、宿に戻ると女将さんが島の焼酎「八重椿」と名物の「くさや」を差し入れてくれました。くさやは独特の匂いがありますが、僕は結構好きな味です。ただ、自分が住む集合住宅で焼くと匂いが外に漏れて近所迷惑になるので、なかなか焼き立てを味わうことができません。焼き立てが一番美味しいのに。この時は周囲に建物が少ない宿だったので、喜んでキッチンで焼かせてもらいました。
焼き上がったムロアジのくさやは実にジューシーで、八重椿との相性は抜群! あまりに美味しかったので女将さんにどこのくさやか訊ねると、僕も仲良くさせてもらっている島のくさや屋「長田商店」さんのものでした。道理で美味しいわけです。
翌朝、宿のご夫妻に周囲を少し案内してもらいました。お二人が子供の頃は、宿の裏手が本来の正面口で、立派な石垣が残り、かつては周りに田んぼが広がっていたそうです。今は花卉(かき)栽培が主流で、特に人気の観葉植物として知られるフェニックス・ロベレニー(ロベ)の生産量は全国シェア90%を超えるとか。一度都内の花屋でロベの箱を見かけたことがありましたが、確かに八丈島産と書かれていました。
八丈島はいつ来ても、新しい発見に満ちています。今回の旅では、島の食を自ら作ることでその文化に一歩踏み込み、一棟貸しの宿でその空気感にどっぷりと浸ることができました。それでも、まだまだ見たい景色は尽きません。
島寿司を握り、くさやを焼き、太鼓の音を聞き、ロベ畑の向こうに三原山を眺める。
同じ島に通い続けることで見えてくる景色や出会う人々、新たに知る歴史が、僕の旅を少しずつ豊かにしてくれます。次はどんな物語が待っているのか、再訪が今から楽しみでなりません。そして、穏やかな島を思い返すほど、被害を受けた八丈島が一日も早く日常を取り戻してほしいと願わずにはいられません。