OTHER 2026.05.13

橋が繋ぐ3つの島の物語。絶景と食を堪能する甑島列島縦断旅

鹿児島県には南海上に多くの島がありますが、西に目を向けると薩摩川内市に属する甑島列島が並んでいることにも気が付きます。上甑島、中甑島、下甑島の三つの有人島は、かつてはお互い船で行き来するしかなかったのですが、1993(平成5)年に上甑島と中甑島、2020(令和2)年には中甑島と下甑島が、それぞれ橋で繋がりました。陸路で3島を自由に行き来できるようになってから、甑島列島縦断の旅に出かけました。

井月 保仁 [いづやん]
(島旅フォトライター)
いづやんのペンネームで活動する島旅フォトライター。大学在学中に訪れた小笠原で島に魅了され、以後ライフワークとして日本の離島を巡り、島旅ブログ「ISLAND TRIP」にて旅の様子を書き綴る。島の魅力を伝えるべく、Webメディアや雑誌、イベントなどで活躍。有人離島182島を巡っている(2025年5月現在)
新幹線とバスを乗り継ぎ川内港へ

たまたま鹿児島空港行きのチケットが安く手に入り、3日間で行ける島を探していたら、甑島列島が目に入ったのでした。2020(令和2)年に「甑大橋」が開通したので、限られた時間でも3つの島々を旅することができると思い、早速旅程を組みました。

正午頃、鹿児島空港に到着するのですが、この時間帯は甑島行きの高速船が出る川内港への直通バスがありません。次のバスを待っていては15時10分発の最終便に間に合わないので、色々ルートを工夫する必要がありました。空港からリムジンバスで鹿児島中央駅へ向かい、そこから九州新幹線でわずか1駅、10分ほどの川内駅へ。さらに路線バスに揺られること30分、ようやく川内港に到着しました。

港で待っていたのは、様々な鉄道車両を手掛けてきた水戸岡鋭治氏デザインの「高速船甑島」。木材を多用した豪華な内装、洒落た円卓や座敷スペースがある客室に驚きました。船に乗っていることを忘れそうな空間で、その姿も高速船らしからぬ白く優雅なものでした。15時10分、高速船甑島は白い波飛沫を上げ、下甑島・長浜港へと滑り出しました。

下甑島の夜とDr.コトーの縁

急峻な島影が迫るのを眺めながら、1時間10分の船旅を経て下甑島に降り立つと、今夜の宿「こしきしま親和館」の女将さんが笑顔で迎えてくれました。「今入れ替わりで船に乗った人たちは、日帰りのお客さんなんですよ」とのこと。そうか、鹿児島県内であれば、朝の便で島に来て島内を巡り、夕方の便で日帰りできる距離なのだと実感しました。

チェックイン後は夕食まで時間があったので、少し長浜の港を歩きます。どこからか漂ってくる甘く爽やかな香りに足を止めると、道端の植木に小さな白い花がたくさん咲いていました。最初はクチナシかと思ったのですが、4月だったのでおそらくテイカカズラでしょう。島の名物カノコユリにはまだ早い時期でしたが、潮風とこの花の香りで、島旅に来た実感が湧いてきました。

宿の夕食を彩るのは、島で「タカエビ」と呼ばれる特産の薩摩甘エビ。大きくてプリプリとした身をいただきながら、地元の芋焼酎「こしき亀五郎」で流し込む。地元で愛されている食材と酒の組み合わせは、まさに旅の醍醐味と言えます。

食堂の壁には、漫画『Dr.コトー診療所』の原作者によるイラストが残されていました。主人公のモデルとなった医師が、ここ下甑島の手打集落で30年間も離島医療を支えてきたという歴史を知ることができました。「与那国島にも診療所があったよな?」と思ったのですが、そちらはドラマ版のロケ地でしたね。

しま山100選・尾岳で出会ったパノラマ

翌日、朝食を食べながら島をどう回ろうか考えていると、僕が甑島にいることを知った友人から「下甑島の山からの眺望は、過去の島旅の五指に入る見事さだった」という連絡が入りました。しま山100選にも数えられる甑島列島最高峰、標高604メートルの「尾岳」です。

宿で借りたレンタカーで出発し、舗装された山道を登ります。航空自衛隊下甑島分屯基地を過ぎる際、日本に4箇所しかないミサイル探知・追尾レーダー、通称「ガメラレーダー」が山の上に設置されているのが見えました。

車を登山口付近に停め、そこからのんびり森の中を歩きます。基本的にはしっかり整備された遊歩道が続きますが、時折巨石が現れて異世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えることも。1時間ほど歩き、最後にアシタバのような葉が絨毯のように広がる林を抜けると、視界がパッと開けました。

草で埋め尽くされた広場のような山頂に着きましたが、周囲をもう少し見回してみると、「第二展望所」と書かれた看板が地面に落ちているのを発見。木々の間を抜けて少し先に行くと、果たして絶景が広がっていました。眼下に複雑に入り組んだ海岸線、2020(令和2)年に開通したばかりの「甑大橋」が、その先の中甑島へと繋がっているのが見えました。今日これから進む先が壮大なスケールで広がっていたのです。同行した妻と「お弁当を持ってきてここでお昼にできたらさらに最高だったのに」と口々に言うほどの美しさでした。

甑大橋のたもとでまた絶景に出くわす

山を下り、いよいよその「甑大橋」を渡ります。全長1533m、国内屈指の長さを誇るこの橋は、それまで船でしか行き来できなかった下甑島と中甑島をひとつに繋ぎました。橋の手前にある「鳥ノ巣山展望所」から眺めると、青い海を貫く巨大な構造物の美しさに圧倒されます。その影で、橋の照明がついたことにより役目を終えたという「鳥ノ巣山灯台」の姿に、便利さと引き換えに消えていくものへの一抹の寂しさを感じ、そっとレンズを向けました。白い灯台と巨大な橋、真っ青な海が、旅の間中ずっと記憶に残る光景でした。

この橋を眺める斜面はカノコユリやニシノハマカンゾウの群生地で、7月から9月の始め頃までその美しい姿を楽しむことができるそうです。「また夏に来ないとな」と思いつつ、甑大橋を渡って中甑島に上陸しました。

中甑島で隠れ家ランチ

中甑島唯一の集落・平良では、1日1組限定、まさに隠れ家といった趣のレストランで、価格以上の満足感があるランチコースを楽しみました。島で採れたものや店主が育てた野菜などで作られた料理の数々は、どれも一手間も二手間もかけられていて、とても美味しく、贅沢な時間となりました。島の方がひっそりと楽しむお店でもあるらしいので、敢えて店名は載せません。中甑島に行かれることがあれば、ぜひ探してみてください。要予約です。

中甑島の北へ進み「鹿の子大橋」、そして「甑大明神橋」を渡って上甑島へ。橋のすぐ脇には、島名の由来と言われる「甑大明神」という御神体の岩がそびえ立っています。奈良時代の史書にもその名が登場するこの岩は、古くから人々の信仰を集めてきたそうです。時代が移ろい技術の粋を集めた橋が架かっても、変わらず海を見守り続ける巨岩の姿には、神聖な気配を感じます。あの岩の上に鳥居を置くのにどうやってこの岩を登ったのだろうと、写真を撮りながらずっと考えていました。

30億年前の神秘が息づく池と、里の町歩き

上甑島で見逃せないのが「長目の浜」です。長い年月をかけて形成された砂州が、四つの池を海から切り離した不思議な地形。特に「貝池」には、30億年前の地球に現れたとされる原始的な微生物「クロマチウム」が生息しているそうです。静かな水面の下に太古の生命が今も息づいているのが、ロマンを掻き立てて止みません。

夕方、上甑島の里集落を散歩しました。里八幡神社の境内には土俵があり、秋の大祭で行われる相撲大会の熱気を想像させます。神社の前から続く「玉石垣」の道は、かつて武家屋敷が並んでいた名残。丸い石を積み上げた見事な街並みは、八丈島のそれとも違う、独特の情緒を醸し出していました。

温故知新の宿で味わう島の幸

今夜の宿は、里地区の「FUJIYA HOSTEL」。漁師の古民家をリノベーションした宿で、食堂の天井は、かつての大屋敷を想起させる力強い梁が印象的な空間でした。チェックインの時にスタッフのKさんが出してくれたのは、島特産のキダチアロエを使った「木立甘酢」の水割り。爽やかな酸味が乾いた喉を潤してくれました。夕飯は、島の恵みたっぷりの前菜やアヒージョ、パエリアでした。どれも丁寧な手仕事が感じられる料理をいただきながら、同宿の写真家の方との話も盛り上がり、楽しく夜は更けていきました。

3日目は少し早起きして、宿のそばの堤防を歩きます。朝の冷たい空気が心地よく体を起こしてくれました。

宿での朝食で感動したのは、できたての豆腐。宿を運営している会社は、「かつてはたくさんあったのになくなってしまった豆腐屋を、また島に復活させたい」と、ゼロから事業を始めたのだそう。大豆の香りが口いっぱいに広がる、ふわふわの食感。消費期限が3日しかないため、通販はできず「島でしか食べられない」というこの豆腐に、旅の贅沢を感じました。近所の漁師さんがすぐ近くの干場で天日干ししたというカマスの干物もまた、柔らかいのにしっかりした旨味があって極上でした。

3日間の旅はあまり予定を考えていなかったのですが、人からの勧めや出会いで濃密なものになりました。一度来ると、また見えてくる景色もあります。次は上甑島の里地区の豆腐屋で朝から仕込みを見学させてもらったり、下甑島の西側の巨岩・奇岩を見たり、独特の景観が広がる手打集落を訪れてみたいものです。甑島は、島の未来を守ろうとしている人々が、様々な仕事を作り出している場所でもあります。それを見に、もっと時間を作って訪れるつもりです。