OTHER 2026.03.11

一期一会の連続。観光地じゃないから、惹かれる。五島列島・奈留島を自転車で巡って

五島列島の旅で、もう少し踏み込んで島の魅力を味わいたい方には、奈留島がおすすめです。福江島からフェリーで一時間足らず。そこに待っていたのは、過度に観光化されていない、素朴でどこか懐かしさを感じる島の風景でした。今回は自転車で島を巡り、海沿いに続く絶景や世界遺産の教会、そしてなにより、島の人々の温かな人柄に触れる旅となりました。滞在時間は短くとも、深く思い出に残った奈留島自転車旅をお伝えします。

土庄 雄平
(トラベルライター)
商社・メーカー・IT企業と営業職で渡り歩きながら、複業トラベルライターとして活動する。メインテーマは山と自転車。旅の原点となった小豆島、転職のきっかけをくれた久米島など、人生の岐路にはいつも離島との出会いがある。
活気ある福江港を離れ、穏やかな島時間へ

福江島の港からフェリーに乗り、奈留島へ向かいます。航程は一時間ほど。活気に満ちた福江島の港を離れると、船の進行とともに、周囲の空気が次第に穏やかに流れる、素朴な離島の雰囲気へと変わっていくのを感じました。甲板に出ると、入り組んだ海岸線や点在する小さな島々が視界に広がります。その穏やかな景色は、これから出会う奈留島の自然の奥深さを、そっと教えてくれるようでした。今回は自転車を輪行せず、そのまま船に積み込みます。港に着けばすぐ走り出せる、この身軽さも、自由な島旅の趣をいっそう高めてくれます。奈留島が近づくにつれ、「どんな風景が待っているのだろう」という静かな期待が、心の中で膨らんでいきました。

ペダルを踏んだ先に広がる、奈留島の海

奈留島に降り立ってまず印象に残ったのは、島のコンパクトさでした。港にはゴールデンウィークの時季らしく鯉のぼりが揺れ、観光地然としすぎない、島の日常がそのまま息づく穏やかな光景が広がっています。自転車を走らせ、町を抜けるとほどなく海沿いの道へ。地図上では目立たないルートでしたが、実際に走ってみると、その選択が間違いでなかったことをすぐに実感しました。視界に飛び込んできたのは、深い紺碧の海と鮮やかな新緑が織りなすコントラスト。わずか10分ほどで走り抜けられる距離にもかかわらず、気づけば何度もペダルを止めていました。覗き込むと、場所ごとに表情を変える海の色。濃い青からスカイブルーへと移ろう様子に思わず目を奪われました。

童話のような世界遺産、江上天主堂へ

海岸線を走っていくと、世界遺産の一つ「江上天主堂」に辿り着きます。森の中にそっと佇むその姿は、他の教会とも異なり、まるで童話のワンシーンに迷い込んだかのような趣を放っていました。クリーム色の外壁に淡い水色の差し色も特徴的です。教会の裏手では、太陽の位置によって壁に浮かび上がる十字架を見ることができます。信仰を守り続けてきた人々の想いが、控えめながらも確かな形で残されていることに、なんだか胸を打たれました。自転車旅はアクティブな一方で、こうした場所に立ち止まり、自分自身と向き合う時間があるからこそ、旅の深みが増していきます。奈留島の旅を振り返ったとき、この教会で過ごした静寂な時間が、特に印象に残るものとなりました。

小さな島で感じる、圧倒的なスケールの自然

江上天主堂を後にし、さらに島の北へとペダルを進めます。よく整備された道を快適に走っていると、集落の先に突如として巨大な構造物が姿を現しました。それが「ノコビ浦の防風堤」です。上へと進んだ瞬間、目の前に広がったのは言葉を失うほどの大海原。小さな島でありながら、真正面から五島灘と向き合う、そのスケールの大きさに思わず圧倒されました。防風堤の上は、日常から切り離された異世界への境界線のようにも感じられます。自転車で走ってきたからこそ得られる達成感があり、それは他の移動手段ではなかなか味わえないものです。吹き抜ける風とともに自然の大きさを全身で受け止めつつ、奈留島の懐の深さをあらためて実感しました。

人の温もりと、宝石のような美しさの海

島を南へ向かう途中、一台の車が目の前に停まりました。移動式スーパー「奈留島便利Car」です。高齢者の多い島で、暮らしを支えるために走っていると聞きました。飲み物を買うと、「うちはサラダ巻きが美味しいから」と気前よくサービスまで。旅先でのこうした心遣いに、なんだか胸が温かくなります。そしてその後辿り着いた宮ノ浜海水浴場は、息を呑む美しさでした。宝石のように輝くエメラルドグリーンの海。砂浜に腰を下ろし、いただいたサラダ巻きを頬張る時間は、これ以上ない休憩です。ここでは、移住してきた外国人のご夫婦とも言葉を交わしました。旅先で出会う人の人生に触れることで、自分の価値観が少しずつ広がっている気がする。ーーそんな一期一会もディープな島旅の魅力かもしれません。

ヒルクライムの先で出会う大パノラマ

宮ノ浜海水浴場で教えてもらった城山展望台を目指してヒルクライムへ。上りきった先には、久賀島や福江島まで見渡せる、開放感あふれる大展望が待っていました。初夏の緑と海の青が重なり合う景色は、まさに五島らしい爽快なパノラマ。坂を上がるためにたまった疲れも、その絶景を前にすると不思議と和らいでいきます。奈留島を一望しながら、ここまで自転車で走ってきた道のりを振り返り、自然と達成感をかみしめる。まさに自転車旅の醍醐味と言えるひとときを過ごせました。

荒々しい岩礁と、旅のクライマックス

帰港時間を気にしながらも、最後に「奈留千畳敷」へ足を運びました。荒々しい岩礁が幾重にも連なるその風景は、どこか神殿のような佇まい。潮の満ち引きの関係で向かいの島へ渡ることはできませんでしたが、岩礁の先に広がる五島灘の景色は、ただただ壮大でした。高台から望むパノラマは圧倒的な美しさで、思わず言葉を失いました。天候にも恵まれ、旅の締めくくりにふさわしい絶景と出会えたことが、深く心に残ります。自転車で走り、立ち止まり、また走り出す。その積み重ねがあったからこそ、この瞬間、この場所へ辿り着けたことが、なんだかひとつの物語のように感じられました。

「また来たい」と思わせる帰り道

港へ引き返す道すがらも、景色に惹かれて何度も立ち止まってしまいました。どの瞬間を切り取っても絵になる奈留島。時間に少し余裕があったため、島の大工さんが営む小さな工房にも足を運び、旅の思い出としてキーホルダーをひとつ購入しました。滞在時間はわずか数時間。それでも、景色と人の温かさに触れた濃密な時間を過ごせたことが印象的です。フェリーに乗り込み、島を離れる瞬間、すでに「また戻ってきたい」と思っている自分がいました。自転車と島旅の相性の良さを、改めて教えてくれた奈留島。弾丸のスケジュールでしたが、忘れられない島旅になりました。