愛知の離島・日間賀島と篠島へ。タコとタイ、そして路地裏の歴史を歩く2泊3日の旅
愛知県の三河湾には3つの有人島が浮かんでいます。どれも名古屋から行きやすく、それでいて島の風情が感じられるので、週末ともなれば訪れる人も多い場所でもあります。そんな島々のうち、知多半島の先から渡れる日間賀島と篠島を訪れた旅の様子をお届けします。
しばらく旅に出ていなかった時期があり、リハビリ代わりに2泊3日の島旅に出ることにしました。目指すは愛知県、知多半島の先に浮かぶ「日間賀島」と「篠島」です。
東京駅から新幹線と名鉄を乗り継ぎ、約2時間半で知多半島の先の河和駅へ。11時5分発の高速船に乗り込み、デッキで風に吹かれること20分。最初の目的地、日間賀島の西港に到着です。船を降りて驚いたのは、その都会ぶりでした。港には「ビル」と言っていい立派な建物が並び、巨大なタコのモニュメントが出迎えてくれます。
まずは腹ごしらえと、ドラマ「孤独のグルメ」のロケ地にもなった食堂「乙姫」へ。開店直後にも関わらず、港まで伸びる行列に目を疑いましたが、意を決して並びます。回転は思ったより早くて20分ほどで入店できました。注文したのは、井之頭五郎も食べた「たこめし」。素朴な味わいで噛むほどに旨味が広がります。連れが頼んだ刺身定食のタイとヒラマサは、ぶりんぶりんの歯ごたえで、本当に美味。自分も刺身にすればよかったと唸るほどで、旅の初手から胃袋を掴まれました。
お腹を満たした後は、宿に荷物を預け散策へ。日間賀島は周囲5.5kmほどの小さな島ですが、島の集落の中はまるで迷路のようでした。かつて離島では日本一の人口密度を誇っていたこともあるそうで、家々の軒先が触れ合わんばかりに密集しています。曲がりくねった細い路地、道に積まれたタコ壺、のんびりと昼寝するネコ。路地好きにはたまらない風景が続きます。
集落にはお寺が多く点在しています。「安楽寺」には、海から引き上げられた時に大ダコが守るように抱きついていた阿弥陀如来が、「たこ阿弥陀」として祀られています。タコの吸盤にあやかり「良縁を吸い寄せる」ご利益があるとか。絵馬掛けにはお笑い芸人の濱口優さんの願い事と、その後の「かないました!」というお礼参りのサインがあり、その霊験あらたかさに思わず笑みがこぼれました。また、海沿いの「大光院」は知多四国八十八ヶ所の第37番札所で、右手に鯖を持ったユニークな「鯖大師」像もありました。観光客で賑わう表通りとは違い、静かな信仰の空気が流れています。
翌朝、宿をチェックアウトしようとすると、女将さんが厨房から大きな「干しだこ」を持って出てきました。「これ、外に干すから手伝って」まさかのお手伝いです。渡されたタコには、針金ハンガーを加工したフックが掛けられていました。女将さんと並んで天日干しにする作業。冬の風物詩である干だこ作りを少しだけ体験させてもらい、なんだか島の一員になれたような気持ちになりました。干しだこは新年に氏神様にお供えし、無病息災や大漁を祈願するそうです。
島を離れる前に、昨日看板を見かけて気になっていた「島しらすソフト」に挑戦しました。しらす漁と加工をしている「丸豊」さんの直売所で売られているそれは、ソフトクリームに釜揚げしらすがトッピングされたもの。恐る恐る口に運ぶと、クリームの甘さにしらすの塩気が絶妙なアクセントになり、予想以上の美味しさ。新鮮なしらすだからこそ、くさみがなくスイーツとして成立するのでしょう。しらすの佃煮を使った佃煮抹茶ソフトもバランス抜群で美味しかったです。
港の近くでは、黄色いスクールバスを改装したキッチンカーからスパイスカレーのいい香りが漂っていました。船の時間が迫っていたため今回はコーヒーだけで我慢しましたが、次回の宿題ができました。
日間賀島の東港から高速船でわずか10分、お隣の「篠島」へ移動します。港に降り立つと、こちらは巨大な「タイ」のオブジェがお出迎え。そして何より目を引いたのは、港を埋め尽くさんばかりの漁船の数です。よく見ると、船の舳先には独特の唐草模様が描かれています。島の方に聞くと、篠島の造船所で作られた船特有の模様で、しらす漁をする3隻のチームで同じ模様に統一されているのだとか。日間賀島にも漁船がたくさん停泊していましたが、篠島からは「漁師の島」という気概を感じます。漁港では漁網の手入れや船の整備をしている漁師もいて、活気がありました。
昼食に入った「城寿司」では、嬉しい「島の洗礼」を受けました。店内に他にお客がおらず不安になりましたが、注文を待つ間に大将が「これ食べて待ってて」とタイラガイのヒモの煮付けをサービスしてくれました。お願いしたアナゴの握りは柔らかくて甘めのタレが抜群で、ちらし寿司は篠島の海の幸がぎっしり。「美味い!」と声に出しながら食べていたら気を良くしたのか、大将から「今朝久しぶりにしらすが揚がったから」と、ピカピカの生しらすに釜揚げしらすまで小皿に盛って出してくれました。「島のしらすは大きいから釜揚げでもふっくらしてるんだ」とのこと。
喜んで食べていると「しらす加工場見ていく?」とまさかの提案。お昼の最後の客だったようで、お店を閉めて大将の運転で知り合いの加工場へ見学に連れて行ってくれました。加工場にはカゴに入った大量の生しらす。フォークリフトが行き交い、しらすをお湯に潜らせるたびに湯気が立ち昇る加工場。港に並ぶ漁船が獲ってきた命を、こうやって美味しく加工している現場を肌で感じることができました。
大将に宿「シーサイド篠島」まで送ってもらい、島の南側へ散策に出ます。島の東側の砂浜を歩き、中央の古い集落へ。篠島は伊勢神宮と非常に縁の深い島です。その象徴が「神明神社」。20年に一度の伊勢神宮の式年遷宮の際、古材が下賜され、この神社の社殿として生まれ変わります。さらに、それまで神明神社だった社殿は近くの「八王子社」へ、八王子社の社殿はさらに小さな社へと、大切に移築されていくのです。現在でも伊勢神宮の社殿一式を移築する伝統が残るのは篠島だけ。今見ている神明神社の社殿は素朴でありながらも重厚な作りで、確かに細かい意匠や細工に格式の高さが感じられます。
篠島と伊勢神宮の繋がりは、残されている記録によると、1192(建久3)年に伊勢神宮に天照大神を祀った倭姫命が島を訪れた時に、ここで獲れるタイを気に入って、「おんべ鯛」として伊勢神宮に奉納するよう定めたのが始まりと伝わっています。社殿の下賜はその返礼なのでしょうね。
夕日を見てから宿に戻り、夕食の時間です。ここでも漁師町の洗礼が待っていました。テーブルに乗り切らないほどの海の幸がずらり。タイの姿造り、タコの姿煮、舌平目の煮魚、メダイの塩焼き、生しらすはざるにどっさり。しらすの天ぷらまであります。驚いたのは「もずくの味噌しゃぶ」です。「島ではなんでも味噌のつゆに入れて食べるんです」とご主人。太く歯ごたえのあるもずくを赤味噌の出汁にくぐらせて食べると、これが絶品! 「こんなに美味しいのに、全部は食べきれない……」と嬉しい悲鳴を上げながら、島の幸をお腹に入れていきます。城寿司の大将からは「ここの宿のご主人も漁師だから」と聞いていましたが、まさに三河湾の豊かさを実感する夕飯でした。
最終日は、島の路地を縫うように歩き、後醍醐天皇の皇子ゆかりの「帝井(みかどい)」や、家康を匿った伝説の残る「正法禅寺」などを巡りました。島の北端には、伊勢神宮に奉納する干鯛を作る「神宮干鯛調製所」があります。毎年、ここから「おんべ鯛」が伊勢へと運ばれていくのです。奥まで入っていいか分からなかったので、柵越しに静かな鳥居を眺め、古から続くロマンに想いを馳せました。
「気軽に島に行けそうだから」と訪れた日間賀島と篠島でしたが、やはり島は来てみないと分かりませんね。豊かな海の幸だけではなく、歩くだけで楽しい細い路地や、古くからの信仰が残る古刹の数々、温かい人々。やはり島はいいものです。今度は祭りのある時期に来よう。そんな目標を胸に、島を後にしたのでした。