OTHER 2026.01.21

橋伝いに気楽な天草諸島の島旅「大矢野島・維和島・永浦島・樋島」

春の足音が聞こえ始めた3月の中頃、熊本県の西に点在する天草諸島に足を伸ばしました。宇土半島から架かる天草五橋を経由して渡る島々は、天草上島・下島の他に、大小様々な島も橋で繋がっており、気軽に島旅が味わえる場所です。

井月 保仁 [いづやん]
(島旅フォトライター)
いづやんのペンネームで活動する島旅フォトライター。大学在学中に訪れた小笠原で島に魅了され、以後ライフワークとして日本の離島を巡り、島旅ブログ「ISLAND TRIP」にて旅の様子を書き綴る。島の魅力を伝えるべく、Webメディアや雑誌、イベントなどで活躍。有人離島182島を巡っている(2025年5月現在)
熊本空港から、天草五橋へ

熊本県中部に西へと伸びる宇土半島の先には天草諸島の島々が点在しています。その入口となる天草五橋へは、熊本空港から車でおよそ2時間。九州自動車道を南下し、宇土半島西端、三角町の南を抜ける国道266号線を走る頃には、左手に八代海が広がってきます。天草五橋はその名の通り、5つの橋で熊本本土と天草の島を繋いでいます。1つ目の橋、1号橋を渡れば天草諸島の最初の島、大矢野島です。まずは橋から車で5分ほどのところ、島の北側にある岩谷漁港へ。港への道は釣り人と地元の車が停められていて結構混んでいました。お目当ては、港前にある黄色いオーニングが目立つ「大空食堂」です。

時間は11時半、ぎりぎり並ばずに滑り込めました。店内はほどよい昭和感。メニューは潔く、ちゃんぽんと皿うどんのみ。ここは天草ちゃんぽんが有名な食堂なので、迷わず注文です。10分ほどで野菜が山盛りの丼がどんと置かれて、ちょっとだけ圧倒されました。スープをひと口すすればしっかり出汁が効きつつ濃い目の味付け。田舎のおばあちゃんが作ったようなほっとする味わいでした。食べ終えるころには外に列ができていて、人気店なのがうかがえます。店外に出ると、港で釣り人が糸を垂れている光景が目に入り、島にいることを実感しました。

大矢野島の道の駅で地のものに驚く

大矢野島の西に橋で繋がる野釜島を少し走ってから、再度大矢野島に戻り、島中央部にある「道の駅 上天草さんぱーる」へ向かいました。建物に入るとまず目に飛び込んでくるのが巨大な「パール柑」。甘夏よりも大きな黄色い柑橘が段ボールに並べられ、「4玉で350円」という信じがたい安値で売られていました。味は爽やかでグレープフルーツっぽいのだそう。

隣の建物は海産物売り場です。関東では見たことない魚や、なかなか手に入らない旬の生わかめが並び、生簀(いけす)には大きなカンパチまで泳いでいて、目移りします。知らない土地に来るとスーパーに寄るようにしていますが、果物や野菜、海産物は知らないものに出会うことも多く、実に楽しい。通路をはさんだ一角には、季節の花や鉢植え、陶磁器も売られています。ここ天草は良質な陶石が採れるそうで、旅の目的に窯元巡りも加わったのでした。

橋を渡って、維和島、永浦島、樋合島へ

大矢野島の東側には別の橋が架けられていて、野牛島、さらに維和島へと渡れます。静かな集落を抜け、山上にある「維和桜・花公園」まで車を走らせます。駐車場の脇、木の根元に小さな看板があってなんの気なしに覗き込むと、「天草四郎が通ったかもしれない道」。つい声に出して笑ってしまいました。確かにその可能性は「あるかもしれない」ですね。園地の桜はまだ蕾で少し早かったようです。満開の頃の姿を想像しながら、ほんのり暖かい日差しの中で一巡り。

大矢野島に戻って南下し天草2号橋を渡り、永浦島へ。島に入ってすぐ左に折れると「天草ビジターセンター」です。こぢんまりしたコンクリートの建物があり、目の前には芝生の園地に早咲きの桜が風に揺れていました。その向こうには有明海が広がっています。館内には天草諸島に関する展示と、休憩スペースを兼ねたカフェ、お土産コーナーもあります。カフェに置かれていた試飲用の「シモン茶」を試してみると、独特の風味がとても気に入りました。白いサツマイモ「シモン芋」の葉や茎をお茶にしたもので、ノンカフェインというのも嬉しい。これから向かう天草上島で栽培されているのだとか。

永浦島の西に橋で繋がった樋合島に少し足を伸ばした頃、日は傾き始めていました。天草松島の多島海を眺めておきたくて、天草上島へ渡って高舞登山へ向かいます。つづら折りの山道を登り、見えてきた展望台。そこには三脚がずらりと並び、日没を待つカメラマンたちが陣取っていました。人混みの中での撮影は得意ではないので、数枚だけ撮って早々に立ち退きました。

樋島の旅館「ひのしま荘」で天草の海の幸に溺れる

海を左に見ながら、驚くほど信号のない天草上島の東岸を南へと車を走らせます。松島町、姫戸町を抜け、島南東部の龍ヶ岳町に入り、川のように見える細い海峡を渡ります。味のある石垣の橋を渡ると無人の椚島で、すぐに樋島大橋が見えてきました。ここを渡ればこの日の宿のある樋島です。集落の細い道に家々が密に並ぶ中ゆっくりと車を進めると、樋島第二漁港の前に「旅館ひのしま荘」がありました。到着が遅くなったお詫びを伝えると、二階「ゆうひの間」に通してもらいました。その名の通り、部屋から見える港の向こうに夕日が沈むところでした。

期待の夕飯は、思わず笑いが出るほど豪勢でした。島の漁師さんが釣ってきたというタイの姿造りが1人1尾。ナマコの酢の物に、身の詰まった車海老、丸皿にどんと置かれた1匹丸々のタコステーキ。甘辛い煮付けのような味わいで、ハサミで足を切っていただきます。ハモはしゃぶしゃぶで。上天草では昔からハモ漁が盛んで、京都にも卸しているのだとか。「結構量があるなぁ」と感心していたら、湯島大根が付け合せで添えられたカサゴの煮付けまでやってきました。どれも地のもので美味しかったのですが、お腹ははちきれんばかりでした。

宿題となったゴホンガゼ

この宿を選んだ理由の一つが、上天草でも樋島近辺でしか食べない「ゴホンガゼ(マヒトデ)」を出してもらえると知ったからでした。女将さんに聞くと「毎年3〜5月くらいに捕るんですが、年々数は減ってますね。最盛期はゴールデンウィークの頃かしら。最近あまり採れていないんですよ」とのこと。夕食に並ぶことがなく残念でした。塩茹でしたヒトデは、足を開いて中の身(卵巣)を食べるとウニそっくりな味わいなのだとか。島ではおやつ感覚で昔から食べられてきたそうです。ヒトデはウニの親戚で、「ガゼ」とはウニのこと。ゴホンガゼは「足が5本あるウニ」ということでしょうね。

ゴホンガゼは味わえませんでしたが、天草の豊かな海の幸に触れられただけでも、この島まで足を運んだ甲斐がありました。女将さんの話では、樋島は天草の中でもいち早く橋が架けられたこともあって、暮らしの中で「離島である」という意識はあまりないのだそうです。確かに、上島や椚島との距離の近さを思えばそれも自然なことなのでしょう。
天草を回っていると、橋が生活を支え、同時に島の感覚を少しずつ薄めていく様子が伝わってきます。それでも、穏やかな海と人の営みが息づく風景は紛れもなく「島そのもの」で、橋づたいにたどり着ける天草ならではの旅情がありました。