北の果て、利尻島のシンボル「利尻山」へ。
高山植物と大パノラマに魅せられる登山体験記
個性あふれる島々の中には、本州では見られない美しい山岳景色を持つ島がいくつかあります。その代表と言えるのが、日本の最北端に位置する利尻島です。今回は、多彩な高山植物と眼下に広がる海の絶景を堪能できる「利尻山」への日帰りアドベンチャーをご紹介します。
本州から利尻島までアクセスする場合、もっとも効率よくリーズナブルなのが、新千歳空港〜利尻空港のANA夏季限定便です。新千歳空港は、全国の地方空港ともつながる北海道の玄関口のため、上手く乗り換えられれば、初日の昼過ぎには利尻島へ入ることができます。目指す利尻山は、標準コースタイムが10〜12時間と1日がかり要する山。初日は鴛泊(おしどまり)エリアに宿をとり、翌日の登山に備えるのが定石です。筆者が宿泊したのはゲストハウス「利尻ぐりーんひるinn」。繁忙期でも宿泊料金は一定で、個室利用でも1人4,000円ほどとリーズナブル。そして早朝には、利尻山・鴛泊コース登山口の送迎もあり、クチコミから伝わるアットホームな雰囲気も決め手でした。スタッフさんも温かく、落ち着いて過ごしやすかったほか、補給食を買うセイコーマートと近かったり、利尻山を望めるロケーションも素晴らしく、利尻登山の拠点としておすすめのお宿です。なおこの日は雨でしたが、せっかく利尻島まで来たのだからということで、鴛泊港へ歩きました。中でも港の一角に軒を連ねる、さとう食堂の「利尻海藻ラーメン」が美味しかったです。利尻昆布でとられた出汁と、食べ応えある4種類の海藻。染み渡る旨味と独特の食感を味わいました。実は、日本の最北端に位置する利尻島は、知る人ぞ知るラーメンの聖地なのだとか!
翌日は4時45分の送迎で、利尻山鴛泊コースの登山口である利尻北麓野営場へアクセスします。意気揚々と登りたかったのですが、シトシト雨が降っており、霧が漂っていました。午後から晴れ間のある天気予報だったので、それを信じて決行することに。利尻山登山が利尻島を訪れる最大の目的だったため、この日ダメであれば、また別日に登ろう!という心持ちです。ポスターや写真ではくっきり晴れた利尻山の姿が印象的ですが、地元の方によれば、海に囲まれて直立する高山のため、夏場でも半分くらいの確率で山頂は雲に隠れているのだそう。利尻登山に挑戦する方は、1〜2日予備日を設けておくことをおすすめします。登山開始してすぐ通過するのは、利尻山の雪解け水である「甘露泉水」が湧き出るポイント。最初にして最後の水場のため、大きめのペットボトルを用意して汲んでいきます。島には3つほど湧水スポットがありますが、実はこの利尻山から湧き出る栄養豊富な水こそ、名産の利尻昆布やウニを育てる恵みの水です。スタートから独自の循環を作っている利尻島の自然を感じられます。まだ標高は300m〜500mと低いですが、登山道の傍らには見たことのない花々がちらほら。日本の中でも最も北にある利尻島は、数百種類もの花が咲く高山植物の宝庫です。一期一会の発見が登山のモチベーションを高めてくれました。
登山開始から約1時間半で景色が開けてくる「第一見晴台」へ。しかし霧雨は濃く、周囲は何も見えません。このあと本当に晴れてくれるのか?少し心配にはなりますが、天気の回復を信じて進んでいきます。標高を上げるにつれて、迎えてくれる高山植物の種類が増えていくのも、利尻山登山の醍醐味の一つ。雫で洗われた紫色のイワギキョウや、黄色の花弁が鮮やかなハイオトギリなど、お花のカラーバリエーションも豊かです。お花に夢中になっていると、少しずつ霧が晴れ、視界が開け始めていることに気づきました。第二見晴台の手前でふと振り返ってみると、湧き立つ雲海の中から、島のダイナミックな地形と麓の鴛泊港を一望!まるでRPGの世界の中に足を踏み入れたような趣を放っていました。同時に、この辺りで植生が変わり、森林限界へ入ったことも北限の島の情緒を高めてくれます。森林限界とは、高い木々が生育できない高山帯の証。本州では標高2,000m以上でよく見られますが、極めて気候条件が厳しい利尻島では標高1,000m以下から森林限界が始まるのです。そして登山開始から約3時間、8合目にあたる「長官山(ちょうかんざん、標高1,218m)」へ。辿り着いた時、山頂はまだ隠れていましたが、15分ほど休憩していると、雲が取れていただきが姿を現します。「ついに憧れの山に来たんだ!」と感極まる瞬間でした。
長官山を出発して利尻岳山小屋を経て、利尻山後半の登山道へ。すでに森林限界を迎えているので、どこを歩いていても、緑の山と真っ青な海の素晴らしいパノラマが広がります。8合目を超えると、高山植物の種類も一気に増え、エゾカンゾウ(ニッコウキスゲ)、ボタンキンバイ、ヨツバシオガマ、チシマフウロなどの美しい花々との出会いの連続。海を背景に揺られる姿や、高山帯の岩場で力強く咲いている姿など、島の自然の雄大さを物語っています。山肌を進む登山道を振り返れば、雲の上に来ていることを感じさせ、まさに天空を行くクライマックス!ヒリヒリとする高度感と息を呑むスケールに感動しながら、登山開始から約5時間で山頂に到着しました。利尻山の山頂は360度開けており、まさに島の頂点と呼ぶに相応しい場所。利尻山神社の奥宮が鎮座し、島の自然と人々の生活を見守っています。
登頂時には視界が良くありませんでしたが、約10分後には天気が回復し、下に広がる海まで一望。海から山までの一体感ある利尻島の壮大な景色を堪能しました。さらに少し山肌に目をやると、山頂近くで咲き誇るボタンキンバイの大群生も素晴らしかったです。ここまで来た人のみが見られる絶景を前にして、他の登山者とも感動を分かち合い、途中まで一緒に下山をしました。人との一期一会も離島登山の醍醐味ではないでしょうか。
名残惜しいですが、下山もかなりの時間を要するので、山頂をあとにしました。すると登りでは雲が多かった登山道もくっきりと明瞭に!これまで登ってきた道がどれくらい隔絶したロケーションだったのか?下りながら大いに実感することができました。雲が蒸発していくようなスッキリとした空とともにダイナミックに続いていく緑の稜線。鴛泊港フェリーターミナルを出入りする船や、隣に佇む礼文島も見えています。そして足元に目をやると、風に吹かれて揺られている可憐な花々の姿も印象的。真夏でありながら、高山らしい風情たっぷりの清々しい時間を満喫しました。長官山まで戻ってくると、森林限界の山肌の先に、日本最北端・宗谷岬が見えていることに気づきます。宗谷岬はかつて筆者が小学6年生の時、家族で北海道一周旅行をして訪れたことのある場所。あれから20年弱が立ち、こうして利尻山の上から眺めているなんて、あの頃の自分は想像すらしていないでしょう。行きは曇っていた長官山からの景色も、帰りには青空の下で利尻山が美しく佇んでおり、満足するまで何度も写真を撮影しました。素晴らしい景色に加えて、突如として湧き上がる懐かしい感情もあり、忘れられない最高の登山体験となりました。
合計10時間弱で下山を完了!登山口から連泊する「利尻ぐりーんひるinn」まではタクシーを手配するという手もありましたが、ランナーズハイの状態だったこともあり、徒歩で帰宿することに。合計20km弱で、約14時間というコースを歩き切りました。下山後の楽しみは、利尻山麓に湧く「利尻富士温泉」とグランスポットの名物「ホタテカレー」。肌に馴染むような優しい温泉で汗を流し、スパイシーかつ食べ応えのある絶品カレーでお腹を満たす時間は最高です。また最後の最後は、鴛泊港のトレードマーク「ペシ岬」へ軽ハイキングを楽しみ、かつてニシン漁で栄えた「泉の袋澗(いずみのふくろま、石積みの防波堤)を訪ねて、海から山まで徒歩でつなぐ日帰りの大冒険を終えました。
いかがでしたでしょうか。登山愛好家であれば、一度は憧れる最果ての日本百名山「利尻山」への登山旅行。隣の礼文島にもたくさんの素晴らしいトレッキングルートが整備されているので、可能であれば1週間ほど日程に余裕をもって訪れてみてください!