OTHER 2025.08.06

想定外の連続が、心に残る理由になる。天草諸島へプチ自転車旅体験記

五島列島を目指してスタートした自転車旅。ルートに選んだのは、阿蘇から天草諸島を経て島原半島へ至る、ちょっと遠回りで冒険心をくすぐる道のりでした。海あり、山あり、想定外あり。道中では、日本百名道「天草パールライン」を駆け抜け、兄弟愛の伝説が残る太郎丸嶽・次郎丸嶽へも登頂。旅程は無茶だったけれど、だからこそ心に残る瞬間に満ちていました。自転車と登山で巡る、風景と出会いに彩られた“天草諸島プチ冒険記”をお届けします。

土庄 雄平
(トラベルライター)
商社・メーカー・IT企業と営業職で渡り歩きながら、複業トラベルライターとして活動する。メインテーマは山と自転車。旅の原点となった小豆島、転職のきっかけをくれた久米島など、人生の岐路にはいつも離島との出会いがある。
ゴールデンウィーク、無謀な幕開け。甘くみすぎた天草

2019年のゴールデンウィーク、愛知から五島列島を自転車で目指す旅を計画した私は、長崎への入り方にひと工夫を加えました。スタートは阿蘇くまもと空港。そこから天草諸島を経て島原半島へ渡る、少し遠回りで冒険心をくすぐるルートを選んだのです。今振り返ると、なかなかに無謀で挑戦的な旅程だったと思います。

若気のいたりで、あれもこれも詰め込みたがっていた私は、1日目の午前中に阿蘇の絶景を自転車で満喫。そのまま自転車を輪行してJR肥後大津からJR宇土駅へと移動し、さらに約40km先の野釜島・八福キャンプ場を目指すという、強行スケジュールを組んでいました。

結果、初日から計画はほぼ破綻寸前。阿蘇で時間を費やしすぎてしまい、JR宇土駅を出発したのはすでに17時近く。山で脚力を使い果たしていた私は、へとへとの状態で1泊目の八福キャンプ場へとペダルをこぎ続けました。それでも、夕日に染まる御輿来海岸(おこしきかいがん)の景色や、20時すぎに到着後、八福キャンプ場のオーナーが誘ってくれたBBQの温かさは、今でも鮮明に心に残っています。1日目を走りきったときの安堵と達成感は、忘れられない旅の原点となりました。

憧れの天草パールラインへ。自転車でアイランドホッピング

自転車旅のルートを考えるとき、出発点になるのはいつも「この道を走ってみたい!」という素朴な好奇心です。標高を上げるたびに視界が開けていく山岳ルート。潮風が心地よく、透明度の高い海を横目に走る海岸線。日本には多彩な地形が広がっていて、それぞれに個性あふれる“走りたくなる道”が点在しています。

なかでも天草諸島を結ぶ名ルートといえば「天草パールライン」。日本百名道にも選ばれており、九州では珍しい“海道”の趣を感じられる貴重なルートです。近年の自転車ブームを作った自転車アニメの舞台として登場したことでも知られ、「いつか走ってみたい」と憧れを抱いていた道でもありました。いくつもの島をつなぎながら、海峡を軽やかに駆け抜けるアイランドホッピング。離島ならではののんびりとした空気に包まれながら、ペダルを踏む時間は、今でも鮮やかな記憶として心に残っています。

そしてパールラインの終点ともいえる松島橋(五号橋)を渡った先で立ち寄ったのが、食事処「海鮮家 福伸(ふくしん)」。名物の「ぶっかけうにめし」は、ウニの濃厚な甘みが口いっぱいに広がり、ご飯との相性も抜群。瓶詰めで提供され、自ら盛るスタイルも斬新です。

自転車旅から離島の登山へ。太郎丸嶽・次郎丸嶽へ挑戦

明日は天草を縦断し、下島の鬼池港から海を渡って島原半島・口之津港へ。当初はそんな旅の続きを描いていたものの、どうにも天気予報も安定せず、胸のどこかに一抹の不安が残ります。そこでルートを変更し、熊本港から島原新港を目指すことにしました。実は島原半島へ渡る航路は3通りもあり、天候や気分に応じて柔軟に旅の流れを変えられるのも、このエリアの魅力なのです。おかげで上天草で少しゆったり過ごせる時間が生まれました。

そこで急遽訪れたのが、九州百名山にも選ばれている「太郎丸嶽(たろうまるだけ、標高281m)・次郎丸嶽(じろうまるだけ、標高397m)」。兄弟愛の伝説が残るこの山は、離島ならではの穏やかな風情と、山としての登り応えを兼ね備えています。天草パールラインを進み、松島町から内陸へ入ると登山口があり、地元の方々の愛情が感じられる道標や、登山道に置かれたトトロの置物が迎えてくれます。

登山道はわかりやすい一本道で、途中に現れる分岐から、まずは太郎丸嶽へ。岩場が続く道は天然のアスレチックのようで、次第に現れる奇岩の風景が旅心をくすぐります。たどり着いた山頂からは、緑に覆われた次郎丸嶽の美しい稜線が目前に。背後を振り返れば、有明海が静かに広がり、晴れていれば島原半島や雲仙普賢岳まで望めます。

次郎丸嶽の山頂へ。ライオン岩の大パノラマが心に刻まれる

太郎丸嶽を下り、分岐まで戻って次郎丸嶽へ向かう登山道へ進みます。ここからは道幅が狭くなり、勾配も少しきつくなるので、登山者同士、譲り合いながら自分のペースで歩いていきます。しばらく歩いてロープ場に差しかかり、岩肌に手をかけてよじ登ると、ふいに視界が開け、上天草の台地と有明海の雄大な眺めが目の前に広がります。

ですが、そこはまだ本当の山頂ではありません。偽ピークを越え、あと5分ほど歩けば、ようやく山頂にたどり着きます。標高約400mとは思えない雄大な景色と、緑と青が織りなすコントラスト。まさに、天草の懐に抱かれたようなひとときでした。

山頂手前で現れるのが、次郎丸嶽を代表する展望スポット「ライオン岩」です。谷に向かって突き出すように立つその岩の上からは、空と海と山がひとつにつながったような景色が広がり、感嘆の声が漏れます。岩の先端に立てば、ここでしか見られない絶景が待っていました。そして下山後は、自転車で天草パールラインを引き返して八幅キャンプ場に戻り、もう一泊することにしました。

島原を目指して。非日常の夜明け前、静けさと旅情のあいだで

八福キャンプ場で連泊し、自転車旅も3日目。次なる目的地、島原半島を目指すこの日は、朝7時には雨予報。そこで思いきって、まだ暗いうちに出発することにしました。目をつけたのは、JR三角(みすみ)駅を5:52に出る始発列車。6:38に西熊本駅に到着し、そこから自転車で熊本港へ。うまくいけば、雨が降り出す前に港までたどり着ける、という算段です。

テントをたたんだのは、まだ夜明け前の4時。静まり返るキャンプ場を出て、ライトを頼りに漆黒の道をペダルに力を込めて走ります。天門橋を渡るころもまだ闇の中。でも、こういう非日常こそ、自転車旅の一番の魅力なのかもしれません。

JR三角駅には始発の30分前に到着。少し早くついたので、もう一つ先のJR波多浦(はたうら)駅から乗ることにしました。コンビニで買ったパンをかじりながら、誰もいないホームで静かにひと息。輪行袋に入れた自転車を横に、ひとときの安堵に身をゆだねる。そんな何気ない時間に、ふと旅情がにじみました。

その後、西熊本から熊本港までは小雨に追われながらのライドとなりましたが、なんとか無事に到着。阿蘇をスタートした1日目からこの3日目まで無茶な旅だったかもしれませんが、困難な経験を重ねた旅の方が、強く記憶に残るから不思議ですね。泥臭く、もう二度と真似できないような旅だったけれど、不思議と胸が熱くなる。思い返すたびに、愛おしさが込み上げてくる最高の島旅でした。