OTHER 2025.06.18

ウニと海鳥、めん羊の島を巡る旅「天売島・焼尻島」

北海道の日本海側には5つの有人離島があります。中でも羽幌町から渡れる天売島と焼尻島は、知名度が低めかもしれません。日本海側の島としては、アクセスになかなかの時間がかかる2島。2015(平成27)年で大分前の旅になりますが、夏の盛りの8月に訪れたレポートを書き綴ります。

井月 保仁 [いづやん]
(島旅フォトライター)
いづやんのペンネームで活動する島旅フォトライター。大学在学中に訪れた小笠原で島に魅了され、以後ライフワークとして日本の離島を巡り、島旅ブログ「ISLAND TRIP」にて旅の様子を書き綴る。島の魅力を伝えるべく、Webメディアや雑誌、イベントなどで活躍。有人離島182島を巡っている(2025年5月現在)
北海道の島の中で、なかなかに遠い

天売島・焼尻島へ行くには、まず羽幌町へ行く必要があります。新千歳空港から札幌駅へ出て、そこから高速バス「特急はぼろ号」で約3時間。さらにフェリーターミナルへ移動し、14時発のフェリー「おろろん2」で焼尻島経由、15時35分に天売島に到着です。自宅を出てから約11時間、ようやく辿り着きました。タラップを降りる時に「やっと着いた! 遠かった!」と思わず口をついて出てくるほどでした。

100万羽の海鳥が舞う島・天売島、だが・・・

港には海鳥・ウミガラスのモニュメント(現在は老朽化により撤去)があり、期待感が高まります。泊まる宿「島の宿 大一」さんは港を見下ろす丘の上にあり、部屋に冷房はないものの、窓を開ければ心地よい涼風が入ってきます。

日が暮れるまで時間があったので、宿から歩いて5分ほどの「海の宇宙館」へ。(2024(令和6)年7月閉館) 天売島在住の写真家・寺沢孝毅さんの私設の展示館兼カフェで、島の自然を写した写真が展示されていたり、お土産も置かれています。「こんな海鳥の写真を撮りたいなあ」とダイナミックな海鳥たちの写真を見て思いつつ、寺沢さんの奥さんと思しき方にお話しをお聞きしました。

「海鳥の繁殖シーズンは4月から7月にかけてで、今はもう8月なので島にはほとんどいないんですよ」とのこと。ウトウやウミウ、ケイマフリ、そしてウミガラスなどは、繁殖のためだけに島にやってきて、子育てを終えた後は海上生活を送るそう。つまり、今はもぬけの殻、というわけです。もっとちゃんと調べてから来るべきでしたが、また次に来る「宿題」ができたと思うことにしました。

港まで戻り夕暮れの風景を写真に収めて、宿の夕飯に臨みます。夕食は、生ウニ、刺身、カニなど北の海の幸が並び、中でも甘みの強いウニは格別。通常プランでも驚くほどの質と量で、連泊中は毎晩楽しみにしていました。

レンタルサイクルで赤岩灯台へ

翌朝は港そばの「和光丸」さんで自転車をレンタル。結構安いのですが、「うちは漁船を持っていて、漁師が本業だから」とのこと。さらに、「本当に美味しいものが食べたかったら冬に来ないと」と教えてくれました。自転車で港から時計回りで島の外周を一周しに出かけます。厳島神社や漁網を見ながら集落を抜け、登り坂の途中で焼尻島の姿が遠望できました。

結構急な坂を登り、ようやく見えてきたのが、島の南西端に立つ「赤岩灯台」です。灯台の周りには遊歩道が整備されていて珍しいなと思っていたら、その理由はすぐに分かりました。灯台の周りの地面が、穴だらけなのです。これは海鳥・ウトウの巣穴だそう。今は空ですが、繁殖シーズンの夕暮れ時には、80万羽と言われるウトウが巣に戻って来るとか。整備された遊歩道にも納得です。近くの展望台からは鋭く切り立った「赤岩」も見られました。

千鳥ヶ浦園地と海鳥観察舎

さらに坂を登ると、島の高台「千鳥ヶ浦園地」へ。低木の間の小径をたどると小さな岬の向こうに木造の小屋が見えました。「海鳥観察舎」です。誘うような小径と観察舎、その奥には真っ青な海。実に絵になる風景です。海鳥がいれば完璧でしたが、それでも観察舎からは、眼下の磯にウミウやカモメの姿が見られました。

島北西側も風光明媚なポイント多し

そこから道は緩やかになり、夕景の名所「観音岬園地」や真っ青な海に浮かぶ「天売島灯台」など、名所を経由しながら港へ戻ります。灯台までの上り坂がきついですが、自転車でも十分回れる大きさなのが嬉しいですね。「北の島っぽい」と思っていた低木が続く丘は、かつては森が広がっていたそうです。明治時代のニシン漁が盛んな時に乱伐されたり、山火事で一度ハゲ山になってしまったとか。植樹を進めているそうですが、冬は厳しい北の島ではまだ灌木状態が続きそうです。

焼尻めん羊まつりで、幻のサフォークラムを味わう

旅の3日目は高速船「さんらいなぁ2」で、お隣の焼尻島へ。到着すると、この日は年に一度の「焼尻めん羊まつり」の開催日でした。焼尻島ではサフォーク種のめん羊が育てられていて、出荷数が少なく島内でもなかなか食べる機会がない希少なラムを、このお祭りでは好きなだけ買ってバーベキューで味わえるというのです! 実に運が良い。

早速1パック買って、札幌から来たという夫婦と相席させてもらい、サフォークラムを堪能。肉は柔らかくて臭みがなく、でもラムの香りがして、実に美味い。焼尻島のめん羊たちは、潮風が運んでくるミネラルをたっぷり含んだ牧草を食べて育つので、味わい深くなるのだとか。納得の美味しさです。

風雪に耐えてきた奇木「オンコの荘」

サフォークを堪能した後は、港の「レンタルサイクル梅原」さんで自転車を借りて、島内巡りに出発します。北海道ではイチイの木を「オンコ」と呼ぶそうですが、北の島ならではの姿が見られるとのこと。「オンコ林園地」の看板があるところから、歩いて林に入ります。低木ばかりだった天売島と違ってしっかりとした木々が立ち並ぶ様も、近くの島なのにまったく違う印象を受けます。

林を抜けると背の高い木はなくなり、遊歩道の脇に、胸くらいの高さのオンコが広がっていました。国の天然記念物「オンコの荘」です。通常オンコ(イチイ)は20メートルほどの高さに成長しますが、ここでは雪や風により、1.5メートルほどしか背が伸びません。その代わり、枝が直径10メートルを超えるほど広がっている、とても珍しいイチイたちなのだそう。北の自然に負けまいとする木々の営みを感じずにはいられません。

島らしからぬ牧草地帯

オンコ林園地を抜けると、視界が広がりました。島の南東部はめん羊を放牧する牧草地となっているのです。草原の向こうには海が広がっているのが見えます。島にこうして牧草地があり、牧草ロールが転がっているのは、やはり不思議な光景です。海岸そばを通る道を抜け、両側に牧草地帯が広がる島の中央部を自転車で走ります。その向こうは海に消えていく、まるでロードムービーに出てきそうな場所です。途中の牧草地で「テッター」という牧草をひっくり返す機械が前面についたトラクターや、乾燥させた牧草をロール状にする「ロールベーラ」という機械が働いていました。

焼尻めん羊牧場

島の南側を走る道に出ると、遠くにめん羊の厩舎が見えました。海に面した緑の灌木に、赤い建物が遠巻きに見えて可愛らしい。そばまで行くと、「焼尻めん羊牧場」でした。その歴史は1962(昭和37)年に島の漁師の不漁対策として、羽幌町が所有してためん羊12頭を貸与したのが始まりです。1986(昭和61)年にはサフォーク種純潔生産基地北海道第1号の指定を受け、繁殖させためん羊を焼尻島、羽幌町のみならず、他の市町村にも供給しています。2023(令和5)年人手不足のため、羽幌町が牧場の閉鎖を決定しますが、民間事業者が牧場を継承し、今も続けられています。

ここで育てられているサフォーク種のめん羊は、顔が黒くて体が白い。このコントラストが可愛らしさを引き立てている気がします。可愛いんだけど、とても美味しい。のんびり草を食む羊を見ていると、思わず複雑な気持ちになってきます。そんなことを考えつつ、夕方の便で天売島に戻って宿泊、翌日また長い道のりを辿って帰路についたのでした。隣り合っていても、島の景観や雰囲気は、やはり違うのが面白い。また違う季節に訪れたいものです。