徳之島から描くコーヒーの新たな物語

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徳之島鹿児島県

宮出珈琲園

宮出 博史

HIROSHI MIYADE

飲食店経営から農業への転身
ゼロから「6次産業化」に挑戦

もともとは大阪でカフェやケーキ屋、ワインバーといった飲食店の経営をしていました。その中でずっと感じていたのは「いい商品を作るためには、いい原料を作る必要がある」ということ。そのころに、生産から加工、販売までを行う「6次産業化」という言葉に出会いました。同じ時期に徳之島の親族から「サトウキビ畑をもらってほしい」と言われ、離れた場所にある広大な土地を購入することに。これをモノづくりの原点から携われるチャンスと捉え、可能性を秘める国産コーヒーの栽培をはじめることにしたんです。そして2007年より大阪と徳之島の2拠点生活で、本格的にコーヒー栽培を開始。しかし2011年に収穫を目前にしたタイミングで、奄美地方に台風が直撃し2,500本のコーヒーの木が全滅するという憂き目に遭いました。その後、試行錯誤しながらやっとの思いで栽培方法を確立し、現在は1万本のコーヒーの木とともに暮らしています。

徳之島に息づく自然と育む
新しいカタチのコーヒー農園

台風による被害を経て「自然には逆らえない。自然とともに育っていく農園を作れないか」と思うようになりました。そこで辿り着いたのが「セミフォレスト農法」です。コーヒー農園をたくさんの植物や生き物と共生させながら森の一部として育て、枝の剪定や下草の刈り入れを行うことでちょうどいい生産環境に調整していきます。そうすることで農園を台風から守ることができるほか、自然の生態系に溶け込みながら栽培を行うことが可能です。
またフルーツや野菜などを同じ森の中で育て、土壌のバランスを整える「アグロフォレストリー」にも注目。ゆくゆくはこの畑に、旬のフルーツや野菜を収穫して提供するテロワールカフェやバーができると、とてもおしゃれな空間になるなと想像しています。現在はその箱づくりに挑戦している段階ですね。

コーヒー農家さんの暮らしを変える
「コーヒーの木まるごと」プロジェクト

宮出珈琲園は、世界のコーヒー生産者の実験圃場でありたいと思っています。これまで培ってきた知識や経験を活かして、まずは国産コーヒーの味を格上げし、世界に認められるものにしていくことが目標です。「0.00000001%」。これは国産コーヒーの国内消費率を表す数字です。この数字を1%にするためには現在、奄美群島、小笠原諸島、沖縄県で栽培されているコーヒーの木を、鹿児島本土で栽培できるように方法を確立することが重要だと考えています。これを成し遂げた人が、「国産コーヒーのパイオニア」と呼ばれることになるでしょう。
また世界中のコーヒー農家さんの暮らしの底上げも、自分の重要な役割だと考えています。2017年に「コーヒーの木を1本まるごとおいしくいただく」をテーマとした「coffee tree apartment」というブランドを立ち上げました。コーヒーの花や葉、新芽など、捨てられてしまっていた可食部分を活用した商品づくりに取り組んでいます。これはコーヒー農家さんに新たな選択肢をもたらし、暮らしの変化へとつながるきっかけになると信じています。

コーヒー産業の未来を想い
宮出珈琲園から可能性を発信

国産コーヒーの可能性を途絶えさせないため、宮出珈琲園では生産現場の継承と教育にも力を入れています。コーヒー栽培をはじめ農業の6次産業化や、セミフォレスト農法について学べるプログラムが「ファームステイ」です。中学生から60代まで、年齢を問わずコーヒー栽培に興味を持つ人たちが全国から集まり、短期から長期まで5年近く続けている人もいます。農園での「ファームステイ」を経て、コーヒーの木や実を使った染め物を作ったり、コーヒーの果実を使ったミルクティづくりをはじめた人がいたり。宮出珈琲園で学んだことがその人たちの糧となって、新しいことをはじめるきっかけになるとうれしいですね。
2023年からは新たに奄美大島をコーヒーの産地にするため、1万本の木を栽培するプロジェクトを立ち上げました。奄美大島に住む人たちの農業体験の場として、そしてこれまで培ってきた知識や技術を継承していく場として、大切に農園を育てていきたいと思っています。あと僕自身としては、「60歳になったら森の中に小さなコーヒースタンドを開く」という夢を持っています。いろんな形で関わってくれた人たちが、帰ってこれる場所のひとつになれるように。その時にコーヒースタンドの店主としておもしろい話ができるよう、まだまだいろんな経験を積んでいきたいなと思っています。

兵庫県西宮市生まれ、大阪育ち。大阪で飲食店を経営する中で「6次産業化」に興味を持ち、2007年より徳之島でコーヒー栽培を開始。大阪と徳之島の2拠点生活を経て、2018年に居住地を徳之島へ移した。2023年には奄美大島でのコーヒー栽培もスタート。奄美群島をはじめ、日本、そして世界のコーヒー産業の発展に尽力している。