MOUNTAIN 2023.10.27

海人の面影と独自の文化が残る。
再訪の答志島サイクリング旅

三重県伊勢湾に浮かぶ島の一つ「答志島」。鳥羽港から定期船で30分という好アクセスにありながら、閑静な漁村の風景や、独自の文化景観など離島らしい情緒が根付いています。今回はそんな答志島を自転車でサイクリングした旅の記録をレポートしたいと思います。

土庄 雄平
(トラベルライター)
商社・メーカー・IT企業と営業職で渡り歩きながら、複業トラベルライターとして活動する。メインテーマは山と自転車。旅の原点となった小豆島、転職のきっかけをくれた久米島など、人生の岐路にはいつも離島との出会いがある。
答志島との関わりは大学時代から

ます答志島のサイクリングレポートの前に、筆者の答志島との関わりを少し振り返ってみたいと思います。筆者がはじめて答志島を知ったのは、大学1年生の時でした。当時、大学で歴史学を専攻していた筆者は、とある講義で「海人(あま)」というテーマに触れることに。フィールドワークを重視する教授だったこともあり、「全国各地にある海人にゆかりの地を訪ねてみよう!」という話になったのですが、そこで筆者が担当したのが「答志島」だったのです。はじめて島に上陸した瞬間の、どこか懐かしい港町の情緒と、緩やかに流れる時間に心を打たれた経験は今でも忘れられません。そしてありがたいことに、答志島フィールドワークのなかで、答志島をPRする島の旅社・濱口さんに島をアテンドしてもらえる機会にも恵まれました。濱口さん自身も海女(あま)を生業にしており、海女小屋での憩いのひとときや、技術継承に関する小話を聞かせてくださったことが、とても印象に残っています。滞在中はずっと温かい人との交流に恵まれ、漁業を中心に暮らしてきた海人のDNAを感じられた忘れられない旅となりました。

自転車サークルで企画を立てて答志島を再訪

そんな筆者にとって、”初めての島旅の地”と言っても良い「答志島」へ、ふと再訪してみようと考えました。きっかけは当時在籍していた、自転車旅サークルでのツーリングです。メンバー自ら企画を持ち込める運営となっているため、何人かメンバーを募って、答志島サイクリング旅を開催しました。「答志島」は東海・関西エリアから比較的アクセスしやすい島です。近鉄鳥羽駅まで、名古屋や大阪難波から特急を利用できるため、半日もあれば答志島まで入ることができます。自転車については輪行(自転車を専用の袋に入れて公共交通機関で運ぶこと)を活用すれば、長距離移動も問題なし。電車で到着後、鳥羽からサクッと船に乗れば、手軽に島旅へ出かけることができるのです。当時、筆者は社会人になっており、答志島を訪れるのは実に5年ぶり。清々しい海が広がる鳥羽港と、鼻腔を通り抜ける潮の香りに、思わず懐かしさが込み上げました。そして同時に、自分の大好きな場所へ、自転車仲間を連れて行けると言う喜びも噛み締めていました。

断片的な記憶を辿って
「答志島サイクリング」

船に乗ること約30分で答志島へ。近づいてくる港町は、初めて答志島を訪れた時と変わらない佇まいに、なんだか安心感を感じながら、「やっと帰ってくることができた」という感情に浸りました。港で自転車を組み立てたら、かつての断片的な記憶を紐解いて、いざ答志島サイクリングへ出発です。自転車で少しペダルを漕ぐと、港に停泊した漁船や、至る所に置かれた蛸壺。離島ならではの狭い路地裏や、豊漁の守り神となっている八幡神社など。進めば進むほど小さな発見と、離島らしい情緒で溢れています。中でも、初めて答志島を訪れた時、島の北部で素晴らしい海の景色を見たことを思い出し、自転車を北へと走らせました。短いトンネルを越え、漁船が停泊する入り江を抜けたら目的の場所へ到着です。辺りを見渡せば、綺麗な砂浜と海が広がり、その先には伊勢湾に浮かぶ大小様々な島や、海を行き交う船やカモメも。いつまでも眺めていたくなるこの場所は、新たに「答志島ブルーフィールド」と名付けられ、島の憩いの場になっていました。

海人の面影や人の輪を残す
「島の原風景」

答志島ブルーフィールドで休憩をしていると、なんだか楽しそうな笑い声が。なんと地元の若者たちが仲良くBBQで盛り上がっていたのです。この風景を見て、とあるワードが頭に浮かびました。それが無形民俗文化財の「寝屋子制度」です。この制度は、一定年齢に達した男子を、世話役の大人が預かって面倒を見るという答志島独自の風習。兄弟でないもの同士が、終生兄弟の付き合いをするという極めて珍しい文化です。筆者の見た方々が、寝屋子の関係だったかどうかは定かではありませんが、答志島の至るところで感じられる温かい雰囲気は、脈々と受け継がれる島の風習が土台となっているのかもしれません。他にも、島の原風景といえば、各お宅の軒先に書かれた八幡神社の“マルハチマーク”が挙げられます。これは八幡神社で出た炭で家の戸にその印を書くと、魔除けになるという風習に由来するものです。八幡神社は大漁を祈願したり、航海の無事を願うために祀られた神社。厳しくも恵をもたらす海と向き合うからこそ育まれた独自の海人文化が、今でもしっかりと答志島の中に根付いています。

北海道のようなスケールを見せる「答志島スカイライン」

答志島の主要な港のうち、和具と桃取の間には「答志島スカイライン(県道759号線)」という道が走っています。港町から一変して、緑深い林道となり、島の風景変化を楽しむことができる素晴らしい道です。和具から答志島スカイラインを抜けて桃取へ、帰りは新道を使って一周サイクリングをするのが定番ルートとなっています。道中ぜひ立ち寄ってほしいのが、答志島スカイラインの峠から、徒歩10分ほど歩いた場所にある「答志島レイフィールド」。鬱蒼とした森を進めば、綺麗なデッキが現れるとともに、一気に展望が開けます。デッキの上からは右手に鳥羽市街、左手に和具の町並みを望み、答志島ならではのロケーションを満喫できる秘密基地です。また一周で走る新道にも、独自の魅力が根付いています。一言でまとめるなら、”まるで北海道の積丹半島の景色のよう”だということ。小さな島の中に、止まらない圧倒的なスケールの地形美が展開します。短い距離ではありながら、飽くなき冒険心を満たす自転車旅を楽しめますよ。

温かいおもてなし。いつも期待の上を行く答志島

古来天皇に海産物を納めていたほど、漁業が盛んな答志島。実は鳥羽や志摩など本土と比べて、お得に海鮮を味わえるのも魅力です。今回宿泊したのは、和具港からほど近い場所にある「山幸園」さん。優しいお母さんが営む漁師民宿です。夕食の内容は、伊勢海老・鯛・サザエ・アワビなどの舟盛りに、ホタテの踊り焼きやタコの炊き込みご飯、カレイの唐揚げなど、食べきれないほどのボリュームのお料理が並びました。この豪華な内容で一人一泊二食付き9,000円程とは、驚きのコストパフォーマンスです。自転車仲間と今日一日の素晴らしいサイクリングを振り返りながら、最高の夕食で島旅を締めくくりました。最初に訪れた時もそうでしたが、何度足を運んでも、いつも想像を超えてくれる答志島。豪華な海鮮料理にも、島らしい豊かな人情味や優しさが表れています。翌朝お宿を出るときに、お宿の前で手を振ってくれたお母さんの姿が、今でも忘れられません。きっとこうした心温まるワンシーンが、再び島を訪れるきっかけになってくれるのかもしれませんね。