MOUNTAIN 2023.06.07

九州最高峰を擁す
多雨の島「屋久島」一周
自分の殻を破るエクストリーム自転車旅

世界遺産に登録されている「屋久島」。九州最高峰・宮之浦岳(みやのうらだけ、標高1936m)を中心を頂点として、太古の自然が根付いています。また日本屈指の多雨の島として、苔が繁茂し、屋久シカ・ヤクシマザルといった野生動物の楽園であり、独自の世界観を繰り広げています。今回はそんな屋久島を自転車で走り抜けた、エクストリームな旅の記録をご紹介したいと思います。

土庄 雄平
(トラベルライター)
商社・メーカー・IT企業と営業職で渡り歩きながら、複業トラベルライターとして活動する。メインテーマは山と自転車。旅の原点となった小豆島、転職のきっかけをくれた久米島など、人生の岐路にはいつも離島との出会いがある。
屋久島へ自転車旅をしたきっかけ

学生時代から影響を受け続けた、自転車旅の師匠がいた私。たまに会いに行くと「しまなみ海道は良いぞ!」「北海道は良いぞ!」とイチオシの旅先を教えてもらえるので、そのたびに自転車旅の計画を立てたものです。学生時代の卒業旅行として屋久島を訪れたのも、それがきっかけでした。一周約100kmと走りごたえのある屋久島。そしてアップダウンに富んでおり、何より降水確率が高いので、自転車旅を行うハードルは高めです。年間約170日も雨が降る年もあるのだとか。予備日を設け、余裕があれば日本百名山・宮之浦岳に登りたいという思いもあり、4泊5日の日程で計画することにしました。

【1日目】多雨の島・屋久島の洗礼
心から生を実感した過酷なライド

屋久島へのアクセスは大きく飛行機か船(高速船・フェリー)の二つです。当時は少しでも節約したかったので、リーズナブルなフェリー・屋久島2を選択。鹿児島港を8:30に出発し、屋久島・宮之浦港に12:30に到着します。同じくフェリーのはいびすかすの方が安くて、夜行便のため便利ではあるのですが、今回は快適性も考慮して屋久島2に決めました。それにしても自転車を乗せて船旅に出るというのは良いものです。島に渡ったらあとは自分の身ひとつだけ。「この先にはどんな冒険が待っているのだろう?」「どんな道を走って、どんな風景を眺めているのだろう?」いつも想像が膨らみ、気持ちが高揚してしまいます。

さて鹿児島は晴れでしたが、屋久島は雨。初日からどうしたものか?と思っていたのですが、天気予報を見ると1週間ずっと雨。旅に出る前は晴れの日もあったのに、さすがは屋久島。しかし本日の宿は取っているし、ここまで来たんだから、とにかく走るしかない!と気合いで島一周に向けて走り出しました。案の定、ここからの約50kmのライドは屋久島の自然の洗礼を受けるエクストリームな内容に。区間の半分近くが、世界遺産区域にあたる西部林道で、民家もなく人っこ一人いないアップダウンの激しい海岸線。コンディションの悪い中、ひたすら一心不乱に自転車を漕ぎ続けた過酷な時間を今でも鮮明に覚えています。お宿のある集落に向けて最後の下りを終えたとき、無事に辿り着けて良かったと心から生を実感できた気がします。

【2日目】屋久島の世界観を楽しむ
モッチョム岳と平内海中温泉

2日目は屋久島の南部を走りつつ、九州百名山の一つ「モッチョム岳(標高940m)」を目指すことに。海から立ち上がるような屋久島のスケールを体感できる!と教えていただいたマイナーな山です。地元民からは「この山を登れれば、屋久島のどの山も登れる」というお墨付きがつくほど過酷な山としても知られています。登山口があるのは千尋の滝。その脇から傾斜のあるワイルドな登山道を進んでいきます。思えばほとんど木の根と岩の上を歩いていたような印象で、万代杉やモッチョム太郎など、屋久杉の大樹を経由し、屋久島らしい世界観を味わえるのが魅力です。そして山頂は巨岩で構成され、ダイナミックなパノラマが展開!小雨もちらついていましたが、二重虹に出会えるという幸運にも恵まれました。

下山をしたら海沿いの平内海中温泉へ。脱衣所がなく、観光客が見にくるのでハードルの高い野湯ではありますが、登山で疲れた身体を源泉掛け流しのお湯で癒しました。ここで雨だったら、服がびしょ濡れになってしまうので、束の間天気が良くて一安心!こういう時の運だけは良いです(笑)雨が止んだり降ったりの天気のため、道中には何度も虹も楽しみながら、比較的緩やかな20kmを走り切り、本日は早めにお宿へ。人当たりの良いおじさんが営むモンゴル式テント(ゲル)に宿泊しました。名前は大ちゃんハウス。明日は縄文杉から宮之浦岳を目指す予定です。屋久杉自然館から早朝出発するバスに乗るために、4時に目覚ましをセットしました。

【3日目】屋久島の核心部へ
太古の森と天上の世界に感動した1日

まず無事に起床できたので第一関門突破です(笑)5時台のバスに乗って、真っ暗なうちに荒川登山口に到着。前半は縄文杉まで片道約10kmの道を歩いて行きます。距離は長いですが、大半がトロッコの廃線をゆく道。ほとんど登っていることを感じさせない勾配の緩やかな遊歩道です。しかし夜が明ける前に世界遺産の自然のなかを歩いている感覚は新鮮でした。静謐な屋久杉の森や、岩を覆う苔の絨毯、エメラルドグリーンの淵など景色ひとつ一つが、悠久の自然の神秘を感じさせてくれます。樹齢3,000年とも言われるウィルソン株。何千年もの時を経て、こうやって太古の自然に邂逅できるのは、屋久島ならではですね。

10時前には縄文杉に到着しましたが、この日の最終目的地はこの先。九州最高峰にして日本百名山の最後の山である「宮之浦岳」を目指します。季節は3月初めでしたが、麓にはひまわりも咲いており、南国というイメージの屋久島でしたが、山の上には雪が積もっていました。山頂近くまで来ると、雪山の風物詩である霧氷が咲き誇り、麓には果てしない雲海が広がります。まさに洋上のアルプスと呼ぶにふさわしい、神々しい山頂に辿り着いた時の感動は今でも忘れられません。宮之浦岳へ日帰り登山は難しいので、宿泊は高塚小屋へ。冬用の寝具を持参しておらず、凍えながら床に就いた思い出も。この経験を反面教師に、今では登山装備には一段と気をつけるようになりました。

【4日目】山から降りて
もう一つの実家と思えるライダーハウスへ

屋久島に滞在した5日のうち、深い山に足を踏み入れた2日間だけ雨がほとんど降らないという幸運に恵まれました。九州最高峰のいただきを踏むという目標を叶えたので、あとは心残りがないように名所を巡りました。目指したのは、もののけ姫のモチーフになったと言われる「白谷雲水峡」。苔むした巨木や清流の流れが織りなし、まるで妖精が住んでいるような趣を見せてくれます。そしてもう一つは、標高1,000mを超える岩場から、屋久島の大自然を一望できる「太鼓岩」です。遠くには、あの宮之浦岳。昨日、あの山頂にいたと思うとなんだか感極まる思いでした。

行きにハイペースで進んだトロッコ道も、帰りはゆっくりとした足取りで。荒川登山口から屋久杉自然館行きのバスに乗った時は、言葉にできない達成感を感じられました。今夜のお宿は「ライダーハウス止まり木」さん。年季の入った建物の至るところに、オーナーの姉さんの思いやりが垣間見られ、今までの旅人の足跡や交流の軌跡が飾られており、どこか北海道のライダーハウスを彷彿とさせる雰囲気でした。「この方に会うために、屋久島を再訪する人はきっといるだろう」。また帰ってきたいと心から思う場所がまた一つ増えた気がします。

【5日目】屋久杉の神秘を知り
島の温かさを味わった最終日

とうとう屋久島の最終日です。早朝、目が覚めると外は雨。ほぼ毎日雨が降っているので、予想していた通りではありましたが、船が出港するお昼まで時間があります。そこで訪れたのが「屋久島 岳南」さん。通りすがりのおじいちゃんに教えてもらった屋久杉の工房です。工房の中には作品がずらり。工房の建物も作品も、全てが屋久杉製と聞いて驚きました。屋久杉の光沢は、加工によるものではなく自然に出るそう。木が長年生きてきた証であり、一つとして同じものはないらしく、職人の方は、屋久杉の個性や風合いをどのように作品に落とし込むかに悩まれていらっしゃるのだとか。昨日までの3日間、表面的に屋久杉は見てきましたが、岳南の大将と奥さんのお話を聞き、よりいっそう屋久杉の神秘や生命力を心に刻むことができました。

そして10kmほど自転車で走って宮之浦港へ到着。自転車にて屋久島一周を無事完了することができました。今回ご紹介した以外にも、たくさんの偶然や出会いに恵まれた5日間。1日目のこもれび(お好み焼き屋さん)、西部林道、民宿ぽんかん。2日目のモッチョム岳、平内海中温泉。3日目の縄文杉、宮之浦岳、高塚小屋。4日目の白谷雲水峡、太鼓岩、止まり木。5日目の岳南。走馬灯のように情景が頭のなかで蘇ります。屋久島らしいものを十分に堪能でき、ひとつ一つの人との出会いが旅を彩ってくれました。そして何より、島の人たちの温かさを身に染みて感じ、支えてもらった日々でした。「また来たい!」そう思える島。屋久島は日本一旅人に温かい島かもしれません。