活版印刷でつなぐ
小値賀島と世界

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小値賀島長崎県

OJIKAPPAN

横山 桃子

MOMOKO YOKOYAMA

大学進学と同時に小値賀島の外へ
離れて気づく活版印刷の魅力

長崎県五島列島の北部にある人口2,600人ほどの小値賀島に生まれました。私の父は100年以上続く島で唯一の活版印刷所「晋弘舎」の3代目として働いていて、私が4代目になります。元々グラフィックデザインが好きだったことから、高校卒業後は県外にある大学のデザイン学部へ入学、それを機に小値賀島を出ました。その頃は"活版=父の仕事"というイメージが強く、それほど興味を持っていなかったですね。
そんな「活版」への思いが変わったのは、大学進学後。大学の先生から父の仕事である「活版」という言葉が出てきたんです。「活版」はそもそも印刷の原点で、印刷と密接に関わり合っていることを大学に入って先生から教わりました。
そこから改めて活版に触れてみると、すごくおもしろかったんですよね。私にとって身近すぎて当たり前になっていた「活版」。島外での大学生活を経て、その魅力に惹かれるようになりました。

小さな島を好きな理由
それは"豊かな自然と溢れる人情"

島外に出てから島の魅力に気づく人も多いですが、私は幼い頃からずっと小値賀島が大好きでした。「こげんよか島、どこにもなか!」と口癖のように言う両親を見て、さらに小値賀島が好きになりました。島の人もみんなあたたかく、支え合いながら生きているところが昔から好きです。
あと島には昔ながらの街並みや自然、歴史が残されています。高校生の時には、休みの日に友達と自転車を漕いで小値賀の観光地を周ったりしてました。
そんな島の魅力を大学の先生に話していると「故郷に帰って活版をするのも一つの道じゃない?」と言われ、その時初めて「島に帰って働くこともできるのかな」と思うようになりました。

生まれ育った島で活版印刷をしたい
その思いを実現させた「OJIKAPPAN」

大学卒業後1年間は東京の編集プロダクションで勤めていましたが、2011年の東日本大震災をきっかけに島へ戻ってきました。そこからは、おぢかアイランドツーリズムで活動しながら、父の作業スペースを少し借りて活版印刷の仕事をスタート。名刺の注文から始まり、東京で知り合った方や観光で来られた方、メディアを見た方からも依頼をいただきました。島へ帰ってくることも、活版を仕事にすることも反対だった父も、仕事の幅が少しずつがっていく私を見守ってくれるようになりました。そして6年の準備期間を経て、2018年に家業の晋弘舎から独立し、「OJIKAPPAN」を立ち上げました。

小値賀島と活版印刷の可能性を信じて
人の心を動かす作品に挑戦

「OJIKAPPAN」をきっかけに多くの人と小値賀島・活版印刷をつなげたいという思いから、観光客の方にも楽しんでもらえるような活版体験をスタートしました。多くの人に活版の魅力を知ってもらうためには、実際に体験してもらうのが一番いいと思います。つくるときの手作業やインクの匂い、印刷する時の音や印刷した後の文字のデコボコ感など、活版の魅力を五感で感じてもらいたいです。活版体験は「OJIKAPPAN」として独立する前からやっていて、大学の卒業旅行や親子の旅、奥様方での旅行など幅広い世代の方に楽しんでもらっています。小値賀島と活版印刷の魅力を伝えるために、これからもいろんな作り手さんとのコラボや、これまで以上に自分の想いを作品にしていきたいです。ただ作るのではなくて、多くの人に響くものを作り上げていきます。活版、そして小値賀島の可能性は無限にあると私は思っています。

印刷会社・晋弘舎で6年間の活版印刷とデザイン業を経験し、2018年にOJIKAPPANを設立。名刺やパッケージデザイン、ポストカードなど幅広い印刷物に対応。島唯一の印刷所では活版体験も行っており、活版や小値賀島の魅力発信にも力を入れている。