島を想う多くの気持ちをつなげたい

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株式会社StarFACTORY

宮本 司

TSUKASA MIYAMOTO

島という厳しい環境で育ったことが
今の仕事に活かされています。

沖の島町母島に生まれ、中学校卒業までこの島で育ちました。小学校の同級生は自分を含めて6名、それでも他の学年と比べれば多い方でしたが、毎日の登下校時や休み時間など、ひとり遊びが日課でした。そこで培った想像力が、今の仕事に活かされているのかもしれません。夏場は学校にプールがなかったこともあり、水泳の授業は海を舞台に開催。放課後は濡れた海パンを乾燥機で少し乾かしてから再び履いて、港に泳ぎに行く毎日。
海で鬼ごっこをしたり、野球をしたり、潜って貝をとったりが楽しくて、怪我は日常茶判事でした。今ではこの風貌からか、とても島人っぽくは思われませんが、風が強くてフェリーが欠航したり、台風で瓦が飛んだりといった厳しい自然の中で育んだ感性はかけがえのない宝物。島は僕の性格を形成してくれた大事な場所で、今も両親が生活をしていることもあり、島の活性化に何か貢献できたらとずっと思ってきました。

島の満天の星空が教えてくれた
何事にもポジティブに取り組む姿勢

僕の家は港から山側に石段を上がったところにあり、家から港を見下ろす景観がとっても好きでした。小学校の夏休みの課題などでも、家から望む島の風景をよく描いたものです。島の透き通った海、石段のある景観も好きですが、僕が好きなのは島の夜に輝く満天の星空です。小学生の時に、何十年に1回地球に近づくというハレー彗星が話題になったことがあって、学校でみんなで観測したことが、星に興味を持ったきっかけでした。
星って願いを叶えてくれる素敵なものというイメージがあります。それに星を見るには上を見ないといけません。どんな苦しい時でも希望を持って前向きに物事に取り組めば、きっと星が願いを叶えてくれる。僕の何事にもポジティブに取り組む姿勢も、島の星空から学んだこと。暗闇に光る星のように輝ける存在になる。そんな想いもあって、2007年に立ち上げた会社の名前を「StarFACTORY(スターファクトリー)」としました。

島人たちの支えになれたらとの想いで
島を想う気持ちを育てるプロジェクトを設立

大好きな島を離れて25年以上が経ち、島では年々人口が減少しています。海も地球環境の影響からか昔のそれとは変わってきていて、港から見上げる景観も家の外観が剥がれてきていることから、さびれてしまっている印象を受けました。それでも、島を守ってくれる人たちがいるから、僕たちのような島を離れた人が帰省できる場所があります。
島を離れた人たちや観光客が日々の生活の中で、少しでも島のことを想い出してくれることが、島人たちの支えになると考え、2017年に「島を想う気持ちを育てるプロジェクト」を立ち上げました。盆踊りに帰省した人と島人たちの想いをつなげたい、つながっていると想うことで島人たちを勇気づけたいとの想いで、花火をモチーフにした作品を盆踊り参加者に配布。植物と島を想う気持ちを1年間枯らさずに、翌年の盆踊りに帰って来てほしいという願いを込めました。島人から母を通じて絵葉書をいただいたり、大切に育てていただいていることを伝え聞き、とっても嬉しく思いました。

2018年、島想いWEBをオープン
今後も生まれ育った島に貢献したい

2018年には、「島を想う気持ちを育てるプロジェクト」の第二弾として、普段一緒に仕事をしているカメラマンを島に招待して撮影を行いました。この「島想いWEB」のオープンに向けて、離れていてもつながれるをコンセプトに、島のいたるところを撮影。360度カメラやドローンでの撮影も行いました。
盆踊りでは、兵庫県にある印刷会社「GRAPH」さんとコラボした光るDMを来場者に配布!!本サイトの告知を兼ねて作成したティザーサイトでは「つながるたびにあなたの想いで島が色づく」をテーマに、画面にタッチするたびに島の写真がカラフルな色に変化していきます。
そして、2018年の年末ぎりぎりに、本サイトをオープンさせることが出来ました。このサイトがプラットホームになって、島を想う人たちがつながっていけたらと思っています。
島を活性化させるプロジェクトはまだ始まったばかり。これからも、僕に出来る範囲内で、生まれ育った島に貢献できたらと思っています。

編集プロダクションで雑誌・フリーペーパーの編集を経験し、2007年に株式会社StarFACTORYを設立。
雑誌の編集はもちろん、紙媒体やWEBなどのコンテンツの企画・制作、企業や商業施設のプロモーションなどを幅広く手がけている。
四国の離島生まれという育った環境の影響もあり、地域の商店街や自治体など、クリエイティブで地域を活性化する取り組みにも力を入れている。